January 16, 2009

仕事とプライベートを合わせ、香港とマカオに行ってきました。
そんな中でもお詣り所は行きたいものでありまして、道教寺院を数ヶ寺。
写真はマカオの語源になった寺院。『まこう廟』。
はじめにお詣りしたのは香港島にある『文武廟』。
参拝にきた現地のおばさんをつかまえて、拝み方のレクチャーを受けました。線香だけでお参りする方。何やら書かれた紙をお供えする方。わんさと果物をお供えする方。
みなさん跪かれて熱心に祈られていました。
おばちゃんに教えられたとおり、線香と供物・御札などを購入。まずは包装を外し、紙を蓮の花のように形作ってその上に御札を置く。用意ができたら、次はロウソクに火をつけお供え。続いて線香。
ロウソク・線香共に『他人の火を貰わぬこと』と注意を受ける。理由は、『他人の火にはその人の願いが込められているから』とのこと。突っ込んでは聞けなかったのは、私の語学力不足のためであります。
このことは日本でも同じことをいいますよね~
また、『線香は三本ずつ』との指示もあり。これについても詳しくは聞けず。。。
線香下部を持ち、数回頂いて各尊にお線香を供える。祭壇前には跪き用の台があり、そこに跪いて拝む。次の人も番を待って拝む。因みに私の前は受験生の女の子でした。
それと、大きな『巻き線香』も祭壇に特別祈祷としてお供えしてきました。一番安いもので100ホンコン$(1200円位)でしたが、半月燃え続けるとのこと。
寺男が祈願文を唱える中、観音経(世尊げ)と般若心経を唱えさせていただきました。
帰りには『平安符』なるお札を購入。中身はお教えできませんが、興味深い内容でした。また、まこう廟裏には磐座(いわくら)あり、この磐座前の竹に吊してあったのはとある馴染みのある尊。七夕の短冊のように願い事が書かれてヒラヒラしておりました。国は違えど、願いは同じなんですね。
色の違うところとしては、『フランシスコ・ザビエル』の骨を奉安した教会にも。
いい経験となりました。
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January 08, 2009

えべっさんですね。
昨日関西テレビ前を車で通過しましたが、千早を着た福娘さん数名が正面玄関から入って行きました。
やはり選りすぐられただけに、きれいな方ばかりでした。
大阪では『今宮戎』が有名ですが、うちらのへんでは『堀川戎』がなじみであります。日頃ま~ったく人気(ひとけ)のない
お宮さんですが、年一の賑わいはすごいものです。
今宮戎のちょうど西に大国神社があります。地下鉄『恵美須町』駅と『大国町』駅であります。えべっさんとだいこくさんが並んでお社を構えておらます。
大国さんも同じ日取りでお祭りをされています。
とはいえ、大人になってからはぜんぜんお詣りには行ってないんですぅ。
………………………………………………
画像はえべっさんに関係はなくて、『金光明最勝王経曼荼羅』。土曜日までにお越しの方は拝んで頂けます。
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July 02, 2008




自宅壇のついたちのご縁日を終えてから得意先の神棚を参って自宅に戻る。
すると、アメリカ在住の姉さんから箱いっぱいの『アメリカンチェリー』が届いた。早速壇にお供えさせていただきました?
姉さんあんがとね?♪
次に、法螺の修理を頼まれているので、ちょちょっといじる。なかなかよく鳴っている。
で、仕事にかかり打合せ。
更に夕方から四天王寺の塔頭の一つ『勝蔓院』でこの3日間行われている『愛染まつり』に向かう。
なんでもこの祭りは『
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May 08, 2008
毎月8日は『八大龍王さんの日』
として、親しくしている宮司さんの神社に祀られている八大龍王さんを月参り。
今日も朝から向かい、お社の前で南無南無タイム。
拝み終わって片付けていると神社にお詣りに来られたおばあちゃんと出会い、少しお話しした。
法螺貝を見て、昔ご主人が大峰山に毎年登られていたこと。
体調のこと。
仏教大の通信に通っていたこと。等々。
『また、8日に会えるようにきます』と言ってお帰りになった。
なんとも気持ちのいい『8の日』であります。
さてさて、今晩は明日の打合せの資料作りに追われそうです。
頑張ります。
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September 25, 2007

①松尾大社へ向かう橋から

②梅宮大社のネコちゃん。毛の生え替わりの時期なのか、体をすりすりしてきたかわいい子です。

③北野天満宮。このあと北向観音を参ったとたん大雨が。。。。

④いつものラスト『つめあま』です。
このところ実家の仕事が忙しく土日も仕事。
日曜日はお彼岸ですので墓参り。そして60日に一度巡ってくる庚申さんのご縁日にお詣りさせて頂いた。
昨日は朝からk師と行動。
以下の文をよく目にする。
『天神七代・地神五代・
伊勢・石清水・賀茂・松尾・平野・稲荷・春日・大原野・大神・石上・大和・広瀬・龍田・住吉・日吉・梅宮・吉田・広田・祇園・北野・丹生・貴布禰』
調べると、『二十二社』といい、国家の重大事や天変地異がおこると勅使が遣わされ、奉幣をたてた神社が二十二社あったことから、社格としてよばれるようになったもの。
この中で今までお詣りしたことのない神社は一つ二つあるが、お名前を呼ぶに当たってやはり一度はお詣りせねばと回ることにした。
JR京都駅前のバスターミナルで京都市バス一日乗り放題カード(500円)を購入してスタート。
回ったのは松尾大社→梅宮大社→北野天満宮
間に近くの仏閣も巡って見ました。
北野天満宮の本地・十一面観音さんをお祀りした観音寺(東向観音)や方位の神・大将軍八神社。最後にとあるお薬師さん。
今回お詣りした神社仏閣は何れもいいところでした。
宮司さん・神主・巫女さんの対応もよくて、いいお詣りをさせて頂きました。
次回は松尾大社の奥にある磐座をと考えている。
そのときは募りますので、どうぞご一緒してくださいませ。
昨日の最後は『つめあま』
JR大阪駅東口にある喫茶店で『マンゴーヨーグルトと巨峰ヨーグルト』を食し、解散しました。
k師お疲れ様でした。
~追記~
『拝王』とは、『ハイ・キング』と読みます。
『よく歩いて、よく拝んで』がコンセプト。
いつも一緒にお詣りにいくメンバーのことでございます。
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August 01, 2007


7月31日 京都・愛宕の千日詣に行ってきました。
メンバーは、k師。蓮華入峯にも参加したカナダ人 マークとその友人。
そんでもって、k師のご友人とその仲間たち。合計9人。
夕方、梅田ヨドバシカメラ前でマークとその友人をピックアップ。難波にk師をお迎えに。
途中、2メートル10センチの大巨人マークとその友人とともにコンビ~ニエンスストアァ~に入る。
これが大正解。彼らにはコンビニの品揃えが大層お気に召したみたいで、特にスィーツの棚に釘付けとなる。
難波でk師をピックアップして一路京都に。
桂のサービスエリアで土用と言うこともあり、『うな玉定食』を食べる。後にこれがえらいことに。。。
外国人の二人は、天ぷらうどんにご満悦。
京阪三条でk師の友人と待ち合わせて、その間に山の装束(修験装束)にお着替え。
やっぱ初の愛宕詣りだけに失礼があってはいけませんので、山伏としてのフル装備に。
○22時半。
登山口前で交通渋滞。聞くと、登山口まで到着するのは40分はかかるとのこと。あきらめて、愛宕念仏寺前の駐車場で車を止め、シャトルバス(ここからは100円)に乗り換え、登山口に。
登山口からは一度川を渡る橋まで下り。橋を渡ったところで、恐らく結界の地蔵であろうと思われる地蔵堂があり、k師と道中の無事を願う。
はい、あとはダラダラの登り。。。。。。。。。。。。。。。。。。
k師と私は今回もとあるぶつを鞄に潜ませていたために、えらく体が重い。
先のうな玉重もあるかとも考えたが、今年の奥駈での状態と同様であるためこれが原因だと。。。
k師とうだうだしながらダラダラの登りをダラダラ登って、途中から『ここは京都の愛宕』であると分かりながらもいつもの山念仏『懺悔懺悔・六根清浄』を唱え出す。毎度のことだが、この山念仏は優れもの。体が元に戻り、登ることが出来た。
○1時
愛宕山上到着。本殿前でk師とお勤め。
ご祭神は。。。。なんか書いていたが、覚えてない。私たちはただ『南無愛宕大権現』と唱えた。
私たちのお勤め途中、他の参拝者も一緒に般若心経、ご真言、ご宝号もお唱えくださり、気持ちよくお詣りさせて頂いた。
因みに、私たちのお勤めが終わるのを待って神職の方が拝殿に登られた。そのお気遣いにブログではありますがお礼を言いたい。ありがとうございます。
お詣りを済ませ、境内でウダウダ。
○2時
22時の山伏による護摩と対をなす祭式が執り行われる。雅楽の演奏が入っていた。はじめは一瞬こけたが、あとは気持ちのよい音色を聞かせて頂いた。あまりの人だかりに拝殿内での祭式はあきらめ、境内でウダウダ。
○3時
昨日は京都にしては涼しい一日であった。逆にお山では涼しすぎて、汗の気化で冷えてきたため、下山を決める。
下山前にかわいい売り子さんたちがいる授与品売り場で『火迺要慎』の護符を頂く。
そして、社務所で例のぶつに例のものを頂く。。。ありがたや。
あとは、ひたすら下山。k師とはいいペースでお山を下山。タッタッッタと山道を駆け下りた。
○4時半
登山口に到着。結局、5時半まで他のメンバーの到着を待つ。
帰りに車でちょっと重めのモーニング?を食べに『餃子の王将』まで。
今日はその後、一日のお詣りをしている会社に向かい『お一日のお祭』を催行。あまりにも眠たくて、拝む前に会社でシャワーを借りて、20分ほど仮眠。拝んでから再び1時間ほど仮道場で寝て帰ってきました。
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愛宕の感想。。。。
ん~ダラダラ登りの坂をずっと。。。寝不足で登ったためか、例のぶつを持っていたからか。。。
なにせ、予想外に体にダメージのあるお山でした。
途中の『大杉さん』『本殿・愛宕大権現さま』のご威光のありがたさを考えれば、結構しんどかっとはいえ、またお詣りさせて頂きたいお山でした。
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June 26, 2007



20日から入っていた金峯山寺奥駈修行を無事満行してまいりました。
今年は初日出発早々から体調も思わしくなく、足にも不安を持ったまま始まりました。
両足とも足裏に水疱が出来たり、爪が死んだりと歩く度に痛みが走る始末。
道中奉行というお役を頂きながら反省点は数々あれど、いろいろと学ぶこともあり、今回の奥駈けもいいお行になりました。
大先達のお師僧さま、兄弟子、大先達付で頑張った弟弟子、えちごやさん、同行の皆さんお疲れさまでした。
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一昨年前の東南院奥駈けには、真秀ちゃんへのお地蔵さんと、ある行者のもとにいらっしゃる観音さんが一緒でした。今回のザックの中には、自分の修験三尊香合仏と、某教典が入っておりました。
それにしても物理的な意味だけやなくて、これが重かった。
さて、今回この二方にも大峯峰中、さらには熊野権現三社のお力が加わって、これからのご祈祷に力を発揮くださるはずでございます。
ふふふ。。。
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June 11, 2007



行ってきました天上ヶ岳。メンバーはrunoさんと2人。
朝、迎えに来てくださり一路箕面に。
箕面のビジターセンターに駐車。ビジターセンターで地図をもらい、再び駐車場に戻り、駐車場掲示板左横の道を登る。分岐をいくつか過ぎ、天上ヶ岳に。
行者さんが天に上られたこの場所はメイン道から少し外れた尾根から突起した場所。奥駈け途中の『宝冠の森』に似ていた。天上ヶ岳では箕面の瀧安寺の若さんとおぼしき若い僧侶に出会った。ここは瀧安寺の奥の院であり、ご住職がお越しになり、毎年法要をされており、ちょうど今日がその日であった。
また、彼に教えていただいたのは『ここからお生まれになられ修行した葛城、大峯を見渡すことができる』のだと。
ここを最後の場所に選ばれた理由がわかるような気がした。
お山を下る際に30人くらいの一団を作ってご住職が登って来られた。ご住職にはご挨拶だけさせて頂いた。
下って駐車場から箕面園地に移動。次なる目的地は『最勝ヶ峰』。ビジターセンターの地図に『最勝ヶ峰』の周りに『四天王と四大明王』を埋納したとあった。
また、この『最勝ヶ峰』は地図上の名を『開成王子墓』といい、箕面の勝尾寺の前身・弥勒寺の建立に尽力した光仁天皇の王子のお墓。
また、この名は先日手に入れた『金光明最勝王経』の『最勝』と関係するように思う。
調べてみると、『開成王子墓』を取り囲むようにというより、『勝尾寺』境内『八天要石』を中心に寺域の境界標として『八天石蔵』なる埋納塚があり、各方位に当たる『四天王』と『四大明王』の青銅製の尊像を納めたようである。寛喜二年(1230年)の『太政官符』にもその記述がある。
また、八天(四大明王・四天王)の尊像は発掘されたが不動明王の像はなく、この『八天要石』の下であろうと推測されているようだ。
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『勝尾寺から文を転載しますと。』
六代座主の行巡上人は、清和天皇の玉体安隠を祈って効験があったことから、「王に勝った寺」の意で「勝王寺」の寺号を帝より賜ったが、本寺では「王」を「尾」にひかえ、勝尾寺と号し、勝運の寺として信仰されて来た。
*************************
ん~なんともわかったようなわからんような話である。
runoさん、お疲れ様でした。
今回は縦走はしなかったが、大阪から近く、歩く環境としても抜群であり、今後もお詣り兼トレーニングに登らせて頂こうと思った。
次回は瀧安寺も含めた縦走。八天石蔵回りを考えている。
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June 08, 2007
役行者さんが6月7日に天に昇られた地・天上ヶ岳。
箕面にあります。前に調べたことがありました。
以下、詳しいサイトです。http://www.h6.dion.ne.jp/~yabu56/18-1126minoo.htm
ということで、お山用の体に慣らすためにも日曜日大雨でなければ向かおうかと思っております。
NOBUさん、ご一緒します?
【タイムスケジュール(予定)】
09:30 :政の茶屋集合
10:00 :出発 ? 天上ヶ岳 ? 政の茶屋 ?最勝ヶ峯 ? 勝尾寺
13:00 :勝尾寺参拝と昼食(各自)
14:00 :政の茶屋 解散
どっちにしろ一人でも行きますので、行きたいなと言う方はメールください。
dr_gan@hotmail.com
箕面のお瀧はトンネル開通に伴い水源が変わったのか水量が激減し、今ではポンプアップの瀧になってしまいましたね。残念なことです。
そうそう、所在がわからないのは、役行者さんが龍樹菩薩に出会われたという『瀧窟』。
こっちを探してみようかと思います。
水量が減ってきたらモーゼの十戒みたいに姿を現したりして。。。
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May 10, 2007
あぁ~杖の練習にも行けなかった。今晩もお仕事です。
*************************
六十六部あるいは六部と呼ばれた廻国行者がいた。
法華経を納経するため日本国六十余州を廻国した修行者。その身なりや米や銭を請う姿から乞食とも。
このところ、御幣を切ったり、次第を書くためにいろいろな本を見ていると、廻国行者は以下の勧請文を唱えていたことが記されていた。
……………………
南無帰命頂礼 懺悔懺悔 六根清浄
法の華を日本六十余州の高神に捧げ奉らんと
この座に御招き奉る神々のご尊名は
南無羽黒山大権現・南無月山大権現・南無湯殿山大権現は羽黒三山におわすなり。
南無三峯三所大権現は岩木山におわすなり。
:
南無武州蔵王大権現は御岳山におわすなり。
:
南無王御嶽座王大権現は御嶽山におわすなり。
:
南無蔵王大権現は金峯山におわすなり。:
南無金峯四所権現は金峯山におわすなり。(山口県)
:
南無石鉄山大悲蔵王権現は石鎚山におわすなり。
:
云々
……………………
今挙げたのは蔵王権現に関するものを主に、その一部である。
ここで注目は山口県に金峯四所権現なる権現さまが坐ます(坐ました)という点。山口県の蔵王権現さまが祀ってある山は既知だが、四所ってとこが気になる。探して見ようかな。。
他に列記されているのは名だたる霊峰霊山の権現さま方。
この六十六部廻国にもいつかは行きたい。。。
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May 04, 2007


大峯・山上ヶ岳にある大峯山寺の戸開け式が5月3日早朝3時に行われた。
今回同行のメンバーは、急遽行けるようになったk師と毎年一緒に戸開式に登らせていただいている本宗の行者さんと3人。
なんやかんやで出発が遅くなり、東南院山上山籠所に到着したのが晩の6時。風呂と夕食を頂いた.夕食では大峯山寺の役講の一つ岩組桜宮の講元さんにおいしい湯葉をごちそうになる。
3時からの戸開け式に備えて就寝。一時間前には起床して身支度をし、山上本堂(大峯山寺)に向かう。
山上では阪堺役講の提灯が本堂前の広場に続々と集まり,しばらくして山上本堂の鍵を持った御輿が広場を練り歩く。
その後、待ちに待った本堂の扉が開き、行者たちは次々に本堂になだれ込む。内陣参拝し、山上の蔵王権現さま、高祖・神変大菩薩さまに『今年もよろしくお願いします』とご挨拶。
夜が明けて、もう一度本堂にお詣りの後、下山した。
本堂横ではカメラマンの方に出会い、なかなかかっこよく撮していただく。行者大集合の方に近日アップできるかと思います。
k師は今回新客でしたので,快晴の西の覗きで行場修行を堪能して頂きました.次回は裏行場にね!
『懺悔懺悔六根清浄』の山念仏と共に母なるお山に入り修行することで一年の積もり積もったものをそぎ落としていただける.今回の登り初めの辛さは,よっぽど積もってたンかと思いながらの登拝でした.
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March 27, 2007
60日に一度まわってくる『庚申』.そして『甲子』.
***********************************
○『甲子大黒のご案内』
来る3月31日(土) は甲子です.
3月30日(金)の晩,31日(土)深夜0時から『甲子大黒天』のご縁日として修法させて頂きます.
祈願ごとがある方はそれまでに当方にメール下さい.
お供えは自由です.
お供えを頂いた方には,お下がりの黒大豆で作ったきな粉を差し上げます.
真成
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今日は『庚申』.
仕事も一段落ついたので,今から『八坂の庚申堂・金剛寺』さんに向かいます.
明日の朝までお籠もりするかは未定.
とりあえず,8時の護摩に間に合うように行かねば...
『追記』
結局庚申様でお籠もりしました.
理趣分を真読して,いろいろお話しして.
いつもながらに色々と勉強になります.
お籠もりされました皆様.お疲れ様でした.
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February 27, 2007
急な話です.
来る3月4日(日).
京都は伏見稲荷大社のお山において,野施行(のせぎょう・のせんぎょう)を行います.
野施行とは,冬に山内に住する野狐や狸などに施行をします.寒の時期に行うことが多く,冬は狐狸が飢えてるためだとか...
行程その他詳細は,以下の通りです.
●集 合 :朝10時 伏見稲荷駐車場 (又は,8時に大阪梅田集合)
●解 散 :夕方4時 伏見稲荷解散(予定)
●参加費:(お供え分実費頂きます.)
●ルート :本殿→稲荷山→本殿
●持ち物:あれば袈裟,数珠,線香・ロウソク(各自)
●服 装:歩きやすい服装,防寒,雨具は各自キチンと用意下さい.
●雨 天:小雨決行(雨具を用意下さい)
帰りは近くの温泉(スーパー銭湯)に浸かって帰る予定です.掛け流しを探して.
●一回参加で,最多角念珠の玉1つを参加証とします.貯まったら腕輪念珠にします.
参加される方はメール下さい.
ただし,今まで交流(面識・メール等)のない方はご遠慮下さい.
メールは真成までメール下さい.
***********************************
最近仕事が忙しくデスクワークの毎日.
一日中修行ということもできていないので,楽しみにしてます.
ちょっと景気がよくなってきたとの声が巷でチラホラ聞こえだしたところですが,朝の祝詞や稲荷祝詞にあるように
『日に夕に勤美務牟留家乃生業を緩牟事無久怠留事無久,弥奨米に奨米給比.....』
ひにげにいそしみつとむるいえのなりわいを,ゆるむことなく,おこたることなく,いやすすめに...
毎日生業を緩むことなく怠ることなくさせて頂くことが何よりも大事だと,毎日自分に言い聞かしております.
●只今の参加予定者.
真成・k師・runoさん・富田林のSまささん・・・
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February 09, 2007

腹帯加持を頼まれ、明日からかかります。
んでもって、新たに次第を書き換えてと。。。
ウスサマさんにお願いしよぅっと。
うっしゃ〜がんばるべぇよ〜♪
***********************************
そう言えば,私の衣装ケースには今でも自分が生まれた時の腹帯があります.
むか~し真言の行者さんが作ってくださったものです.
身体の調子が悪い時など小さい時はその帯を巻いておきなさいと言われたものです.今でもたまに出動するし...
今見ると見事な腹帯.
お産が終わった後もず~っと子供(もうおっちゃんですが..)を守ってくださる帯なんですよね.
自分のお加持した腹帯もそう思ってもらえるくらい拝んで渡せたらと.
頑張りまっす.
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アホですね.表紙作り直しました.
先生,メールありがとうございました.
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February 05, 2007
昨日は師僧・山人先生の御自坊・林南院の『節分大祭』でした.
一昨日は,林南院の先生方,兄弟子と我が兄という体勢で大祭の用意.昨日は兄弟子,我が兄は両方とも用事があり,急遽帰宅.
昨日は,林南院の先生方がいらっしゃったので,無事終了.
帰りは気温ー1℃のなか,地道は怖いので高速で帰ってきました.
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January 14, 2007


今日はk師が入っているとのことで、京都にある東寺に。
真言宗各派総大本山の山主と定額僧なる真言宗全体から選ばれた僧侶が8日から14日までの間、計21ヶ座、鎮護国家・五穀成就を祈念した。前7日は神事、後7日を仏事で行った為に『後七日御修法』と呼ぶ。
応仁の乱や廃仏毀釈で何度か中断されたが、現在まで続いている。
潅頂院内には息災護摩と増益護摩を行う護摩壇。十二天壇・聖天壇・二間観音壇。外には神供壇。
密教最高の儀式。
現場でたいきょう君御一行様に出会ったのであたふたせず、潅頂院内を案内していただきました。
よかったですよ。舎利塔も拝めたし。帰りに『あまおう』も頂いたし。。。
kobiさんは遠目からわかったのですが、ご挨拶出来ずでした。ごめんなさい。
******************************************************************
潅頂院のたった一時間の公開に沢山の参拝者が訪れていた。もちろん私もその一人でした。
すぐに拝観は終わったので、その後は画像のカメラで京都を撮影。
なんと、このカメラは本屋さんで販売している『大人の科学』なる本に付いていた付録。
昨晩『あまおう』を飲みながら、組み立てて、今日はこれを鞄にウロウロ。
これはピンホールカメラと言って、レンズが無く、小さい穴が空いているだけの単純なもの。
ピンホールカメラは今まで触ったことが無く、初めて。2300円の付録でどんな写真が撮れているかが楽しみどす。
もちろん帰りはおいしいもの。お好み焼きとつめ甘を食べて帰ってきた。
開門を待ち、ちょろっと歩いて撮影しただけですが、寒さのせいでしょうか、なんか少し疲れました。
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December 04, 2006

昨日の金峯山寺・蔵王堂はちょうど得度日。山人先生はご自坊の護摩でご不在でした。
蔵王堂に到着したのがちょうど得度終了時。月の第一週だと言うことも忘れてました。k師をお連れしたのに蔵王堂が閉まっていたら恥ずかしいところでした。
お詣りと堂内を案内して東南院、貴蔵院・桜本坊と吉野を案内したところでだいぶと暗くなり、さぶくもなってきたのでリタイア。山を下りました。
帰りはk師ご推薦の本格家庭中華のお店に。店員のお姉さん(中国人)の仏様の不思議体験話で盛り上がり、気づけば10時過ぎ。家にかえりました。
それにしても、昨日はさぶかった。晩ご飯までに温泉に行こうと探したところ、吉野からは遠いですが、野半というところに蔵の湯なる温泉がありました。地ビールもあるようですが、温泉と建物の雰囲気がよかった。
お詣り。温泉。おいしいもの。最後に冷たく甘い私達の合言葉『つめあま』なるデザート。と、楽しい日曜日でした。
写真は中華料理店に飾ってあった花結び。職人技に触発されそうです。
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September 28, 2006

笙の窟

稚児泊宿

七曜岳

行者還避難小屋
今日というか厳密には昨日、金峯山寺と東南院の奥駈奉行によるエスケープルート研修に参加してきた。
平日ながら、総勢8名での修行。しかも、大峯回峰行者を含め健脚揃い。
ルートは、『和佐又』から入り、『笙の窟』〜『大普賢岳』〜『七曜岳』〜『行者還小屋』〜『行者還トンネル東口』であった。
奥駈ルートをじっくりと各所を確認しながらの入峯はいろいろな面で勉強になった.特に,七曜岳山頂では,写真を見て頂ければわかるように雲が消え,晴れ渡ったために取り囲む山並みを地図を見ながら確認できた.各拝所においてもそうであった.
下山し,蔵王堂に戻り権現さんにご挨拶の勤行をさせて頂いた.
その際,只今『蔵王供』中の山人先生とも出会うことも出来た.
今晩は,庚申.夕方から八坂の庚申さんに向かいます.
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September 21, 2006

夜中に『海のトリトン』が再放送されとります。さっき主人公トリトンが法螺をぷ〜と吹いておりました。オリハルコンの剣と法螺貝は形見だそうな。
テレビをみながら周りの整理をしていると、JR西日本の夏のパンフレットが出てきた。
『山陰旅図鑑・山陰浴の旅』。
ちょうど三徳山では今年が役行者さんの千三百年大遠忌。それに伴いご開帳も行われている。11月には日本山岳修験学会も。
話を戻して、写真の蔵王さんの左手に注目下さい。よく見るとこの左手『三鈷印』。
左手が三鈷の蔵王さんは初めて見ましたので、ちょっと興味が。この権現さん、頭に三鈷杵をいただいてないから左手に三鈷を表しているのか?
疑問は増すばかりなり。
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September 10, 2006


今日は阿弥陀の実家と嫁ぎ先に行って参りました。
まずは徒よりもうでけりと古典に出てきた『石清水八幡宮』。
京阪電鉄の急行で八幡市駅。乗り換えて男山ケーブル。
山上駅に降りついて徒歩約五分で『石清水八幡宮』に到着。
グルッと一回りお詣りを済ませて、改修中の本殿前に。お詣りさせていただいたがいい神社ではあったがなんとも寂しい感じがした。
山を下り、続いて京阪電鉄で四条駅。寺町に。
『総本山誓願寺』
繁華街のど真ん中。浄土宗西山深草派宗務所でもあるお寺。
繁華街の門から入ると本堂。すぐ目の前にすばらしい阿弥陀如来様が。
まさかこのどでかい本尊様がお山からお越しに?と思い、お寺の方に聞いてみたところ、このお方が石清水八幡宮の旧本尊の阿弥陀如来でありました。
何度も書きますが、すばらしい阿弥陀さまどした。
どうやってお山を下られたのかと尋ねたところ、『大きい荷車に乗せられて下られた。』とのこと。ん〜この大きさであの山道をと考えると?が2・30個付きそうですが、元々作られたのが奈良で、石清水八幡宮に上ったいう話ですからあり得るのかと。
なぜ、石清水八幡宮の旧本尊が誓願寺にという疑問には次の話が関与するのかと。以下の話があります。
…………………………
『和泉式部』は娘を亡くした苦しみから救われる道を求め播磨の書写山円教寺に性空上人を訪ねた。
上人は、式部に『石清水八幡宮に現れた大菩薩の本地は極楽浄土の阿弥陀如来。石清水八幡宮に詣で祈念しなさい』とおっしゃった。
式部は石清水八幡宮に七七日祈ったところ八幡大菩薩が現れこういった。
『私は神として久しく仏の法をしていない、京の誓願寺の本尊は人々を苦しみから救うための修行をしてきた阿弥陀仏。仮の姿として誓願寺に現れた。この阿弥陀仏に祈りなさい』
そして、和泉式部は誓願寺に。
………………………
和泉式部を基点に石清水八幡宮・阿弥陀仏・誓願寺が繋がるようです。
神仏分離令・廃仏毀釈の影響で破壊されるなか、免れ今なお信仰の対象でいてくださることに感動しました。
k師、情報ありがとうございました。いい出会いでした。
●追記
浄土宗の宗報に、旧伊勢神宮・神宮寺の本尊・阿弥陀如来が愛知県碧南市の浄土宗海徳寺におられると書いてありました。いつか会いに行こうっと。
豊川稲荷・伊勢神宮寺旧本尊お詣りツアーでも計画しようかと。如何でしょうかね〜?
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September 01, 2006
月参りを終え,仕事の話を少々.
梅田によってJRの手続きをし,帰ってきました.
帰りに通った道から5メートルくらい入ったところに『行基菩薩開基南濱墓所』なるところがあったので,立ち寄って勤行してきました.
先日地蔵盆めぐりで立ち寄った天六駅近くの地蔵尊も似たような行基開基の地蔵だったような....
この南濱の道引地蔵横の露地を入ると墓所があり,外から見た限りでもかなり荒廃しておりました.
地蔵さんは日頃から管理されている方がいるようできれいにお祀りされている要でした.
ちょうどJR線路沿いですので,新大阪駅から大阪駅に向かって淀川を越えて4車線道路を過ぎると右側に源光寺.左側の森がこの南濱墓所です.梅田からは飛天・阪急インターナショナル前の道を天六方面に.新御堂とJR線をくぐってすぐです.
この他,飛田などにも行基が荼毘所を構えたそうで,これが日本での火葬の始まりであるとか...
以下はHPからの引用
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●南浜墓地地蔵尊の由来
南浜墓地は行基菩薩(約千三百年前)によって整地され我が国最初の墓所であって天平十九年七月弥陀如来六観音六地蔵尊を安置し荼毘開闢の供養が行われた。
その後世相の変遷により次第に荒退し大正十四年豊崎町より大阪市に移管された。
天満の住人・秋田羅以(らい)は日頃嫡子を望み神佛に祈願してゐた処ある日一人の行者が訪れ「南浜墓地の南浜地蔵尊を信仰せよ必ず願は叶へらる」と言って立ち去った。早速地蔵尊を祈願をかけたところ霊験あらたか明治二十四年一月九日男子(栄之助)が授けられた。その御恩報謝として同年九月に現存の地蔵尊石佛並御堂が建立され今日に至った。
昭和六十年一月二十日
道引き地蔵講世話人
やけに詳細だが、行基からいきなり近代にジャンプしてしまう。その間の様子を調べるにはどうしたらよいか。墓所の周辺だけを見ているとわからないのだが、東海道線の高架を西にくぐると源光寺という寺があり、かつてはこの寺と南濱墓所は深い関係にあったようだ。攝津名所圖會には、
清浄瑠璃山三昧院源光寺
南濱村にあり。浄土宗。無本寺。
(中略)
寺記に云ふ、
夫當寺は古刹にして、聖武帝天平勝寶年中、大僧正行基三昧火坑を始むるの古蹟なり。今濱の墓所と云ふ。其側に精舎を草創し、土木石の三佛を造りて茲に安置せられ。其後大原良忍上人中興して、融通大念佛宗を弘通し、一派の本寺となしぬ。
(中略)
難波北の方の靈場にして、鐘聲白雲に和す。中華の鶴鳴寺にも比せんや。
(略)
とある。行基云々、三昧火坑云々の伝承が、墓所そのものに付いていたのか、この寺の縁起に由来するものなのかは、これではよくわからない。それより古い攝陽群談では
濱墓所
同郡濱村源光寺の東にあり、行基菩薩開基の墓所、自ら地蔵尊の石像を彫刻して、所築之舊墓也。
と、墓所と行基との関係を明示している。
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さてさて,明日は何をしようか...
知り合いの神社でもお詣りしにいこっかなぁ~
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August 28, 2006

昨日は仕事で知り合った方をお連れしてお詣りに.
向かった先は『滝谷不動尊』.
大師の一刀三禮による不動明王を祀るお寺.日本三大不動だそうな...で,その他はどこでしょ???
本堂では,開扉大護摩なる御祈祷を行っておりました.折角の護摩供ですので,お邪魔にならないように護摩が終わるまで待機.本堂手前右手にある大師の水を頂き時間つぶし.しばらくすると,護摩も終わったので,法螺を吹かせて頂き勤行.その後,横の観音堂,地蔵堂,栄○明神,多宝塔と回りました.
今回お連れした方は昨年山上にご一緒して頂いた方.般若心経はたどたどしいながら,一生懸命ついてきてくださる姿がうれしかった.次回は経本を見ながらでも大きな声で唱えてくださいね!
そのあと,高野山奥の院へ.
奥の院駐車場到着して車内で塔婆を書いていると外は雷鳴&豪雨.出られないので,少しうたた寝をして時間を潰す.少しの睡眠で復活し,奥の院へ向かう.奥の院前には24時間テレビのブースが建っておりました.
小雨の中,奥の院で塔婆供養をしてまいりました.
その方を駅までお送りして,一週間の上山中のk師のところに向かった.
なんと5時からウダウダいろいろお話ししているとなんと10時くらいに.急いでお山を下りた.
この週末もお詣り三昧でした.
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August 24, 2006

新たな札所巡りかと思いきや、近くの地蔵盆を回っただけ。
昨日は支払いその他のために近所を自転車で回ってきました。
まずは『鶯塚』。
ここにはいくつかの話が伝わっている。
①『孝徳天皇』の御宇。長柄豊碕宮におほしましし時宮女に鴬式部と云へる者あり大化四年三月十四日病歿せしを此の地に埋葬せしにより 此の名ありと
②昔此の地に長柄長者と言われる富豪があって、一人の娘を持ち寵愛甚だ深かった。
其の子が常に鶯を愛し春を待って夏を悲しむ事大方でなかったが、世は無情 其の愛子が病死し、鶯も亦餌を喰わず死んでしまったので、父母此れを歎いて墳を造り共に葬ったので、「鶯塚」と呼び伝えられたとの説もある。
その次には,『長柄の国分寺』に.ここは今では『真言宗国分寺派』とよばれる宗派の総本山となっております.しかしながら,お寺ははっきり言って寂しいです.西国薬師&近畿不動霊場ですが,ひっそりしております.
近くですのでちょっとお参りにと思い立ち寄ったところ,地蔵盆で詰めていたおばさま方とであい,これまたお供とお勤めを.
最後に,天神橋筋六丁目駅の真上.商店街のアーケードがちょうど切れたところから東に25m.そしてその露地を入ると『西向き地蔵』が太田診療所前に.かかりつけの医者ですので風邪を引いた時には診察後にお参りしてまして...
以上,昨日は天六周辺の地蔵盆めぐりをして仕事に戻りました.
今日はその鴬塚で,大峯山上講の『御膳講』による地蔵盆柴燈大護摩供が厳修されました.
夏祭りの際に講員の方からお誘いを受けましたので近所で鈴懸デビューを果たしてきました.夕方六時半から鴬塚前に壇を構え,講元さんのお導師により無事厳修されました.他の護摩に出仕するのもいい勉強になります.
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ここからはちょっと電波?なことを...これを書くとそっちの力を持っていると勘違いされそうですが,それはないのでご理解の上でよろしくお願い致します.
亡き母の百箇日.法要を終え,親戚一同と仏壇前で話をしておりました.
すると,どこともなく耳元でだれかが..
『向かいの家のタンスの上の箱やぁ~向かいの家のぉ....』と連呼します.
ちょうど居合わせた向かいの家の主である叔母に,
『タンスの上に箱ない?しばらく開けてないもの...』と聞いたのです.
叔母は思い当たったらしく,すぐさま家に戻りその箱を持ってきました.さすがに一人で中身を確認するのが怖かったらしく,雑巾がけをしたままで.
親戚一同の前でその箱を開けてみると中身は...
折五條.金剛鈴,柴燈護摩の次第書,講中の勤行儀などなどでした.
祖母の実家である向かいの家は50年ほど前,先の話に出てきた『御膳講』の講元をしていた家でありました.どなたかはわかりませんが,お知らせを頂いたようでした.そのことがあって折五條以外のものは私の手元にあります.
今日は手元にお越しになった次第での護摩にご一緒させて頂いた有り難い一日となりました.
もう一つ,今日はとある資格試験に合格し,重たい学歴以外に生業に直接関係ある有意義な?資格を手に入れた一日でもあります.
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August 19, 2006

今日は朝からk師と奈良へ.
理由は『東大寺文庫図書館』に行こうとの目的.
朝集合して奈良東大寺に向かった.しかしながら,東大寺図書館の曖昧な『日祝”他”』なるお休みの前に二人の計画はいきなり頓挫した.
仕方ないと諦めて次は手向山八幡に.ここには有名な僧形八幡さまがお祀りされている東大寺内の神社.拝殿の作りも古く,なんとも気持ちのいい風が流れていた.
手向山から横に移動すると不空羂索観音立像が安置されている法華堂(三月堂)に.ここでは堂内の案内係の方が丁寧にお姿の解説をされていた.手に持っている如意宝珠が印象的であった.何となく右手の窓から外を覗いたk師が
『あ,あれ.いいものありますで...』と.
写真がそれ.大黒天を祀ったお堂.二月堂と三月堂の間にひっそりと僧坊の並びにお祀りされてあった.
そのままお滝場と二月堂の横の階段を上がって不動堂に.
この途中,すごいことに気が付いた....
何気なく錫杖をふりふりしながら登っていた私たちの前に二頭の鹿が横たわっていた.近くを通ると錫杖の音でそれはそれはびっくりした様子で飛んで逃げていった.
『聞錫杖声・・・・
當願衆生 十方一切 邪魔外道 魍魎鬼神 毒獣毒龍 毒蟲之類』
鹿は毒獣ではないが,獣ですしね.
その後はイタリア人のお嬢ちゃんと出会って法螺貝についていろいろと質問をされ,記念撮影をしたりと,ちょっと楽しかった.
そのご一行とはすぐに別れ,そのまま四月堂の千手観世音菩薩と普賢菩薩を拝みに.普賢菩薩はかわいい象さんにのって,かわいいお顔の佛さんでした.
この後は奈良国立博物館へ.
『探検・仏様の文様』が催されていた.
子島寺の『子島曼荼羅』が復元されていた.金色と銀色のコントラストが立体感を際だたせており,じっと見ていると仏様が飛び出してくるようで.
他には奈良・西大寺の金銅透彫舎利容器や金亀舎利塔.
極めつけには,本館の常設展示には大好きな『走り大黒』が展示されていた.うれしかった.
実は前回重源展で訪れた際,館内の方に『走り大黒は展示されないのですか?』と尋ねたところ,『そんな場合は,博物館にリクエストのお電話なりをしてください.そうすればリストに挙がりやすくなりますよ』とのお話しをしてくださっていた.そんな話をk師にしながら訪れた奈良博だっただけに,目の前に現れたのにはびっくりした.
さてさて,奈良博で時間をとられすぎて,今日最後の目的地『松尾寺』に向かった.ここは真言系修験の当山派正大先達の一つであった.正大先達は,桜本坊や石上神宮横にあった内山永久寺などなど36ヶ寺または後に12ヶ寺の大きな勢力の寺院である.
到着したのは4時45分.ぎりぎりセーフ.本堂でのお勤めを終え,もう閉められてしまった諸堂を参拝いた.
日本最初の厄除けの寺.七福神堂(旧・大黒堂)には凛々しいお姿の大黒天様も安置されております.一度どうぞ.
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June 05, 2006


昨日は朝から京都をぶらぶら.
京都までは電車であったが,時間がある限り歩こうと考えまずは地下鉄で丸太町へ.
下車してお香の専門店『松栄堂』.
最近お香やさんとも繋がりがあるので,ここらで購入すると今でも線香だらけに拍車がかかるのでやめた.一応見学のみということで店を出る.それにしても清水店といい,かわいい店員さんが多いことにちょっとビックリ.そういえば,安田念珠もそうだ...ん.
駅まで戻り,東へ.
途中,京町屋の洋食屋さんでお食事.まぁまぁおいしかった.僕にはちょっと量が少なかった...
そのまま行くと西国札所『革堂・行願寺』.
この寺は堂内が少し暗く,なんとも言えない感じがするが,朱印所の方がいい.お歳を召した元気な尼僧さんがいつも居られたが,今回は叔母ちゃまがお二人.いろいろとお話しを聞かせていただいた.
このお寺近くにはお茶の『一保堂』など通りに面しているお店がおしゃれでいい香りを漂わせているので,立ち寄るところ,買い物どころ,おいしいところが多い.
そのまま,南下.
ちょうど法華のお寺『本能寺』では『信長祭』が行われていた.
あんまり他宗についてよく仰らないことが多いので,いつも通り過ぎていたこのお寺にお詣りするにはいい日だった.本堂でお勤め.堂内では信長に扮した方々の参列の中,法要が営まれていた.
ここで一緒に『妙法蓮華経・如来寿量品第十六偈』をお唱えする.
この後は,寺町をぶらぶら.もちろん本屋は欠かせません.
いろいろありましたが,いい値をしていたので断念.はい次.
今度は西に向かって行進.
『行進』といえば,いつもパンチ和尚はうちのHPを『行者大行進』と...
話は逸れていきましたので戻してっと.
そう話同様.いろいろと道を逸れてました.
道沿いにはおしゃれなおみやげ物屋さん,食べ物屋さん,雑貨屋さんが点々と.
なかでも写真の『黒蜜きな粉パフェ』なるものがるるぶに掲載されていたので,食べに行きました.
場所は烏丸御池.大通りを西に渡ってスタバのビルのすぐ後ろのビル1F.
『こ豆やカフェ』.これまたおしゃれなお店.
坊主の頭にはちょっと似合いませんが,きな粉と聞けば行くしかないと.
感想は,おいしかった.きな粉もっとかかってたらもっとうれしいかも.と贅沢を.
次に,これまた西国札所『六角堂・頂法寺』
ここは....
はい,写真の通り五時きっかりには山門から出さされます.
五時前に境内に流れる大きい放送『五時に閉門します』.
4時半に着いた私は,まずは線香ロウソクを供えて拝もうとしたところ,寺男が現れ即座に今付けたロウソクを消す始末....線香はガサガサと横にされるし...
なんともせつねぇ~話です.
あとはぶらぶらを続けて帰宅した.
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May 24, 2006

行ってきました奈良国立博物館で開催中の『大勧進・重源展』。
入場してすぐにいらっしゃいます『重源』さん。この像、慶派の仏師が作ったのか、見ていると今にも動き出しそうだった。持ってる数珠は平玉。天台宗のものによく似ていた。
重源さんに関するキーワードとしての『舎利信仰』と『行基菩薩』のブースに特に興味があった。
『舎利信仰』については、重源が得度した『醍醐寺(真言宗醍醐派)』の教学に仏舎利が深く関与している。。とあった。これについては、K師か伏見さんに今度伺うとします。
展示には、重源さんの関わった寺院に残る仏舎利や舎利器が多数あった。重源さんの舎利器の特徴は、真ん中の三角(火輪部分)が三角すい形である。ん〜確かに一般的なものは四角錐.重源以前に醍醐寺にはこの形の舎利容器があったことを示す舎利器も展示されていた.
特におもしろいと感じたのは,お舎利を『鑑賞するため?』の匙とお皿が附属しているとのことだった.中に奉安してある舎利を出しては見ていたというのは,昔も今も変わらないようです...
『行基菩薩』については,大仏殿建立に尽力したということもあり,再建の勧進職を任ぜられた重源がその存在に深く興味を抱いたことを示す品々が展示してあった.行基についてはあまり知識の無かった私ですが,今回の展示のなかに行基の墓誌の一部が展示してあった.
以前にも書いたかも知れないが,その墓誌を書き記した人物が『真成』という沙門であることを目の当たりにして,行基についてもその足跡を含め,辿っていきたいと感じている.
重源さんが大仏殿再建のためもあって各所に『別所』と呼ばれる寺院を設置した.
伊賀別所(新大仏寺),高野山新別所,摂津渡辺別所,播磨別所(浄土寺),周防阿弥陀寺.
なかでも播磨の浄土寺は毎年7月10日近くになると夕日が沈む際,本尊・阿弥陀三尊像の後ろからその光が差し,西方極楽から阿弥陀三尊が来迎したかのごとくみられます.是非一度お詣りされたらいいかと思います.
浄土宗の法然に学んだ時期もあり,重源は自分を『南無阿弥陀仏』と称したそうで,この影響もあって,仏師の慶派は『○阿弥陀仏(○には梵字のアンなどが入る)』として,仏像にもそう記入している.
重源さんの活動範囲.そしてその交友関係をみると,いろいろな人と交流を持ち,協力を得ながら,なおかつ神仏のご加護もあって,このような大事業を成し遂げるに至ったのだろうと感じた.偉大なお方である.
期日は残り今週一杯.是非行かれることをおすすめします.
写真は先日家に新たに来られた『お舎利』をどうやって安置しようと思案していたところ,高野山の仏具屋さんから
お越しになった『金銅八角舎利容器(伝全羅南道順天郡光陽出土型)』.
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May 09, 2006



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○室生寺の縁起から...
室生山は三輪山よりやや切り立った円錐形の神山で、ここに奈良時代の末期、皇太子の山部親王(後の桓武天皇)の病気平癒の祈願のため、行いの正しい五人の僧がこの聖なる山中で祈祷をして優れた効果がありました。そうしたことから国家の為に建立したのが室生寺です。伽藍の造営に当たったのは興福寺の高僧修円で、この人は空海や最澄に並んで平安時代初頭の仏教界を指導する高名な学僧でありました。
以後,室生寺は、興福寺の法相宗を始め天台・真言・律宗などの高僧を迎え、山林で修行するかたわら各宗を勉学する道場として、仏教界に大きな役割を果たします。しかしその一方では、谷を走る清流や、龍が住むという山中の龍穴などから龍神の信仰が生まれ、これに雨乞いの祈願をするため、平安前期以来度々朝廷から勅使が派遣されて、龍神の室生の名は広く世に知られるようになりました。
***********************************
で,宗派はとなると豊山派から出て単立・室生派となるとどこかで見ましたが,HPのタイトルには『高野山真言宗』となっておりました.
話は変わって,室生寺は如意宝珠との関わりが強い.
弘法大師はこの室生山(精進峯)に如意宝珠を隠したと.
陽→太陽→天照大神→大日如来→如意宝珠→龍神・龍王→龍穴→龍穴神社→陰
陰陽一対の関係となると.
また,如意宝珠=仏舎利
如意宝珠・仏舎利の供養法に室生を表す『宀一』ということばが出てくるそうな...(K師談)
リンボーやんとこからのお舎利さんの他に最近新たなお舎利さんが数粒お越しになりました.ここらで仏舎利信仰についても深く勉強していこうと考えております.
この室生寺.開山は役行者だというはなしも...
長谷・室生から名張にかけてこの一体のお山は修験が盛んであったようです.笠置の当たりも金胎寺などがあるように.吉野山・金峯山からちょっと北上して,伊勢までの太陽の道に沿ってと言う考え方もあるようで.神仏習合・修験・太陽信仰・陰陽と...
金堂には薬師如来が祀られておりますが,その右には大日如来.右手前にはちょっと暗くて見にくいですが『蔵王権現』さんが祀られております.大きさは蔵王堂の旧安禅寺の権現様よりも少し小さいくらい.それでも大きいものです.金堂手前左側の弥勒堂内左には『役行者神変大菩薩』が安置されております.
役行者霊蹟札所の一つでもありますし,前述からも長谷寺同様修験のお寺だったのでしょうね.
石楠花の色鮮やかに室生寺を撮してみました.ほんと満開の中のお詣り.こころの休暇になりました.
そういえば,初めて室生寺・長谷寺にお詣りしたのもこの時期やったなぁ...
今回は残念ながら龍穴神社にはお詣り出来ませんでしたが,次回はきっと...
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May 03, 2006



大峯山の山開きである『大峯山戸開式』が、今日3日早朝二時から行われた。
本堂前寺務所での鍵渡しの後、本堂前では鍵をもった人馬が練りまわり本堂になだれ込んだ。
真澄くんと龍光さん、登り途中出会った男の子は秘密の行者さんに参拝のため入堂した。
さて、この大峯山寺とは。。
御開祖・役行者神変大菩薩様が大峯山系の山上ヶ岳(俗称・大峯山)において一千日の修行を行った。この折、弁財天や地蔵尊が現れたが、求むる仏尊ではなく、行者さんはぶん投げた。次に現れたのが釈迦如来・千手観世音菩薩・弥勒菩薩が現れたがこれも違う。再度祈りをこらしたところ現れたのが『金剛蔵王大権現』である。
役行者は桜の木に蔵王権現のお姿を刻み、山の上と下に安置した。これが山上本堂と山下の蔵王堂である。この山上山下の蔵王堂を含む一帯を『金峯山』といった。
明治の廃仏毀釈以後、金峯山は分断され、現在山上本堂は『大峯山寺』。山下の蔵王堂は『金峯山寺』となっている。
ほんまは山上も金峯山なんやけどなぁ〜
行き帰りのルートは五番関。道中には雪が所々残っていた。気温も低く、なかなか過酷な戸開けとなりました。
今はそのまま吉野に戻り作務をしております。11時就寝の一時半起き。それから起きたまま下山。なにせ眠いっ!
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April 09, 2006


この土日は兵庫県姫路にある書写山圓教寺に。 西の比叡山と呼ばれたこのお寺。比叡山・大山とならんで三山と呼ばれた天台宗のお寺。開山は性空上人。法華経行者であったそうな。 父方は名門・橘氏。若くで出家を望むも叶わず、父の死後母とともに九州・霧島に。霧島に移ってからも法華経読じゅは続き、とうとう暗じゅするに至る。 各地を巡錫の際、播磨に近づくと紫雲たなびく山がある。この山に登り庵を結ぶ。桜の生木に如意輪観世音菩薩を刻み本尊とした。
この本尊は消失したが、その余材で刻んだとされる高さ約二十数センチの如意輪観世音菩薩像を今回八百年ぶりにご開帳を行っている。6月30日まで。
書写山を開いた後、性空上人の名は都にまで届いた。それは上人の予知能力が優れていたからだと。和泉式部や西国札所中興の祖・花山法皇など名だたる方が播州のこの地まで上人を訪ねてきた。後に上人は都との関係をさけるため圓教寺の北にある弥勒寺に隠居し、最後を迎えた。
この性空上人が亡くなって今年で壱千年である。今回この壱千年御遠忌法要にご招待いただいた。 法要は8日朝から始まり、昼からは梅原猛氏の講演会。夕方からは野村萬斎氏らによる狂言や能が奉納された。 今日九日は法華八講。永く途絶えていたこの法要を復興なさった。長い法要であったため参列者は席を立つ人が多かった。私もその一人であり、その後山内諸堂を巡った。
大学下宿時代、朝登校前に書写山に登ってお詣りしていた自分にとって、今回の法要はほんとに嬉しいお誘いであった。大学時代の恩師や書写山の知人にも久々に会うこともできたし、楽しい2日間であった。
詳しくはこちら
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March 13, 2006
今日は朝からK師の引っ越しを手伝い、昼からお詣りに。
メンバーはK師と名古屋から参加の真澄くん。そいで私。
引っ越し終了後、某所にお詣り。久々にお気に入りの寺社に出会ったので、今日はそこに向かった。
やっぱりよかった。体中の垢が削ぎ落とされてく感じ。拝んでるときに流れた風が心地よかった。
その後、車を飛ばして今年もいってきました『お水取り』。
松明の光に映される練行衆の後ろ姿はかっこよかった。
もちろん練行衆の唱える観音様の宝号『なむかん』『なぁ〜むか〜ん』と、神名帳記されて唱えられる『金峯大菩薩』は逃さす耳をかっぽじいて聞いてきました。
帰りに線香『南無観』を購入。中の紙に、『なむかん』と唱えて観音様を思い浮かべてとあった。
お水取りの後はこの『なむかん♪』が耳を離れず、しばらく頭ん中をぐるぐる。
耳や心に残る音。練習はもちろんですが、皆とあわせる心ってのが、この心に残る音を奏でるも一つのトッピングかなと。
雅楽、声明、法螺。
いづれにも。
今回は一日中運転してくれた真澄くんありがとね。
さてさて、次回はどなたとどこ行こかしら。

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February 23, 2006

『野施行』.何年ぶりやろか.
記憶では中学生以来,約15年ぶりくらいでしょうか.
『野施行』とは,伏見稲荷の裏にある稲荷山にある各大きなお社を回りながら,お山の中に住する野狐などの精霊に施しをするという修行.昔は寒行の一つとして,稲荷山でも盛んに行われていました.
20年ぶりにというだけあって,最近はそんな野施行にくる行者さん達も少なくなったそうです.(行者談)
朝,大阪を出発して京都南を下りて伏見稲荷に到着したのが9時.
身支度をして,いざ出発!
本殿を拝して,さっさとお山へ.熊鷹社を過ぎ,三辻を拝み,施しながら進んで四つ辻に到着.
ここで早めの昼食.ここの茶屋『辻茶屋』は,俳優『西村雅彦』の実家.お父さんはそっくりです.そこでは,いなり寿司ときつねうどんをいただきました.きつねうどんにかかった山椒がおいしかった.ほんと15年ぶりの味でした.
食事後は,三の峯から二の峯,一の峯,御膳谷と一周して四つ辻に戻り,下山しました.
お行の途中は『雨』も降らず,小春日和かと思うほどの太陽の暖かさで,いい行をさせて頂けました.門前の鰻屋で食事をして長居して外に出ると外は真っ暗.と同時に『雨』が降り始めたのをあえて書いておきます.
今回は参加出来なかった方は次回どうぞ.同行して頂いた真言僧・K師,弟子の祇光君,お疲れ様でした.鰻屋さんを教えて頂いた饂飩屋先生にも感謝です.
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February 13, 2006

唐招提寺...
すごいね.寺の公式HPが無くて,TBSが作ってるんですよ...うぅ~ん...
唐の僧・鑑真が開いたお寺.
先日,NHKで鑑真和上についての番組が放送されていた.
何度も渡航に失敗し失明しながらも,日本に渡海しようとした鑑真.その番組を見て,久々に唐招提寺に向かおうと決めた.
何がよかったかって?
もちろん『戒壇』
あとは見たかったものに『金亀舎利塔』
これは残念ながら出会えなかった.
あと,鑑真和上の御廟にお詣りした.
普段は人の墓は参らないのですが,向かいました.
ちょっと雰囲気がありましたね.心してどうぞ.
池に囲まれた八角形のお廟.八角形です!
あとは,加行札が並んでいた.
高野山宝亀院や東大寺などなど,唐招提寺以外のお寺でも加行をしていたのか,繋がりがあったことが推測できた.
帰りはおみやげを....『招提味噌』
これからの我が家のご飯のともです.
その後,秋篠寺にも向かいました.
そう『秋篠寺』
ご懐妊が明らかになった秋篠です.
このお寺は天皇即位の時,必ず国家安泰を祈念して,国家大法とされた一つ『大元帥法』を修法したと言われている.その本尊となる『大元帥明王』をお祀りする大元堂があるので~す.
ご開帳は6月6日とか....
まずは本堂(講堂)へ.
本尊は薬師如来.左手にはしっかりと薬壺をお持ちでした.『悩める病者の為に薬をお出しくだされ!』と願ってきました.
左には,有名な伎芸天.すばらしいお姿.うっとりものです.
お堂の左隅には,『五大力菩薩』
お名前は,金剛吼・竜王吼・無畏十力吼・雷電吼・無量力吼で,中でも一番左の方(無量力吼菩薩)は『蔵王権現』にそっくりです.
秋篠寺にお詣りして,お薬師様・大元帥明王さまに安産を願って来ました.
烏瑟沙摩明王にもお願いせねばなりませんかね....マニアックな方にはおわかりですよね~♪
秋篠寺よかったです.オススメのお寺でした.本堂横には役行者さまもいらっしゃったし.
次回は是非とも大元帥さまに.
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February 05, 2006
節分。旧暦の正月。まぁ、『節を分ける』。
○2月3日
前の晩ウダウダしていたため、朝からゆっくりの上山。吉野についたのは『日数心経』が始まる一時間まえの9時でした。
危なかった。師匠の出番に弟子がいないなんてね。
すぐに鈴懸衣に着替え、蔵王堂に。
程なく、一年の日数分の般若心経を唱える『日数心経』。続いて管長猊下のお護摩。引き続き『節分会採灯大護摩供』。終了後、お師匠様と共に綾部に。
○2月5日。綾部・林南院節分大祭
昨日は一日用意してました。
何せ綾部は雪国。なにわっ子の私にはあまりに強烈でした。
雪にも関わらず沢山の方が参拝に。
まずは『日数心経』。昼ご飯をはさんで堂内で『採灯壇護摩供』、途中に参拝者全員に『霊杖加持』。護摩終わって『古札撥遣』。
今年は本山とお師匠様自坊の節分会をはしごでした。
兄弟子自坊の初不動と、一週間でこれだけ続くと、心地いい。
今年はいい年に違いない。
このブログに訪れた方にもお裾分けが行きますように。
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February 01, 2006
昨日は『初庚申』。
仕事を終えて、一路京都八坂の庚申堂に。
この庚申日は十干十二支の一つであり、この日には『三し』という虫が人間の体内から閻魔大王にその人の悪行を告げに行く日。
一日中寝ずに『庚申さん(青面金剛尊)』を拝むことで、この虫を退治してもらい、告げ口に行けないようにしてもらうのです。
悪行の数々計り知れなく、というわけではありませんが、お詣りしてきました。
当初、拝んで終電までには帰るつもりでしたが、急遽夜を通すことになり、五時まで庚申堂にいました。
夜中1時くらいからご住職のされる『青面金剛供』の横でお経を上げさせていただきました。
眠いけど、もちっと。日の出までの辛抱。今寝てしまうと告げ口にいかれてしまう。。
この書き込みを書いてる状態でフラフラですけど。。
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January 27, 2006
明日土曜日は初不動.
そう28日.お不動さんのご縁日.
明日は兄弟子のところで助法してきます.
ということで,今晩から兄弟子宅に移動して朝からお手伝い.
自分のところのお不動様は今朝早朝?深夜?に前倒して拝ませていただきました.
ということで,心おきなく行って参ります.
今晩ちょこっと夜中に拝ませてもらおっっと....
いつもHPから掲示板・このブログをチェックしていただいてる某ご主人さん!
明日お会いしましょう~♪
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January 21, 2006
大寒.
さっぶぅ~いこの時期,皆さん寒行として托鉢や瀧行などをされてることかと.
只今私も拝んでますが,寒行と思っての訳ではなく,自行でです.
しっか~し,行者と名乗るからにはと,明日は墓参りの後,寒行として小さいときに亡き母によく連れて行ってもらった寺院さんに行ってきま~す.
明後日は雪の高野山に突っ込もうかと考えてます...
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January 15, 2006
京都・上久世に蔵王堂がある。
今日はそこで東南院ご住職が護摩を修法されるとのことでしたので、お参りに行かせていただいた。
このお寺、名前は『蔵王堂光福寺』。西山浄土宗である。
京都には七つの森があり、そのうちの一つ『蔵王の森』と言われていたそうな。
境内配置から考えても蔵王堂が本堂であったのは間違いないようで、お寺名に『光福寺』よりも『蔵王堂』が先にあることからも明らかであろう。
どういう経緯で西山浄土宗になったかは知らないが、立派な蔵王堂と横に護摩堂がある。
八坂の庚申さん同様、修験者として有名な『浄蔵貴所』が吉野から金剛蔵王大権現さまを勧請したのがここだそうな。
お厨子前には掛仏があり、そこには『金剛蔵王大権現・金蔵院』と彫ってあった。そういう名前の塔頭寺院が門前に並んでいたのであろうか。
初めてお参りさせていただいたが、いいお寺といい方々でした。
さてさて、今からは鶴橋で雅楽の初合奏会です。がんばるぞぉ〜い。
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今日は近所の氏神さんで厄神祭が行われている。
その傍らで、大峯山上講・御膳講が柴灯護摩を厳修。
今年はお昼からの用事のため、宝剣作法までお参りさせていただきました。
さてさて、今から京都久世の蔵王堂での護摩に行ってきます。
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January 09, 2006
当ブログにも来てくださってるパンチ和尚さんのお寺・天台宗 金玉山双林寺。
伝教大師・最澄が唐から帰国し、最初に護摩を修したといわれているお寺。創建千二百年という。
今年の初薬師の八日にその法要をなさった。
午前中は私は初八大龍王としていつもの八大龍王さんを拝みに。終わって神社を出たのが11時。
やばい。12時には双林寺さんに着く予定だったのに。。
一度自宅に戻って衣体を持ってタクシーで梅田駅。京都からもタクシー。法要の一時間前に無事着。
双林寺さんでは午前中にすでに八坂の庚申さん方が法華三昧を。
昼一時半から当山の柴灯護摩をするとのことで法螺師を任された。
このあと、途中三時に一座をはさみ、晩七時からは院主さんが本堂で薬師護摩。他の方が聖天堂で浴油法。本堂前で柴灯護摩。というありがた〜い法要でした。
私はというと、法螺と読経だけでしたが、参列させていただきました。列席させていただけてありがたいなぁ〜と帰りにしみじみ。
ご馳走になったお鍋もおいしかったです。
今日はほんといい、ありがたい1日でした。
八大龍王さ前と薬師如来さまに感謝!
おやすみなさい…
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December 24, 2005
新たなるルートを開拓。
家を出て、阪急電鉄で西院へ。西院からはバスで北野白梅町。そこから歩き北野天満宮へ。
ここは言わずとしれた菅原道真公を祀った神社。なんとも寺のような雰囲気の拝殿にお詣りを済ませて、参道を引き返す。
行きから気になっていた、参道脇のお寺に立ち寄ると真言宗御室派別格本山のお寺でした。なんと菅原道真公・天神様の本地は十一面観世音菩薩だそうで、廃仏毀釈にあっても残っているようです。
さらに、左横にはなんと行者堂。神変大菩薩・不動明王・弘法大師がお祀りされとりました。呼ばれたのかなぁ〜
そのあと入口交差点から西へ100メートルにある『粟餅所』に。写真のが一皿510円。久々のヒット第一段!
引き続き東へ。目指すは『晴明神社』。ベタだと非難の声がモニター前から聞こえてきそうですが、とりあえず一見ということで。。感想は。。特にありません。
さらに東へ。次は某お堂。そこは小さい頃からお詣りしてましたが、ここ五年くらいご無沙汰していたところ。久々に向かったのですが、お寺の方が不在で泣く泣く堂外でのお勤めしました。長々とお勤めし終わった時、境内の玉砂利を歩く音。
ちょうど帰って来られて、今度は堂内で改めて再び勤行。すっきりしてお堂を後にしました。
最後は更に東へ。役行者さんもその一族であると言われている賀茂氏の氏神さん『下賀茂神社』。
写真は境内の『御手洗社』。みたらしだんごはこの水源からコポコポと湧き出る水の泡をかたどったものと言われている。
もう一つ、あまりのお姿に飛びついてしまい、写真がないのですが、京都駅伊勢丹地下一階にある和菓子屋『仙太郎』の『青しそ入りぼた餅』。二個入り税込み六百三十円。これは絶品です。これがヒット第二段です。是非ご賞味あれ!

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December 19, 2005
この週末はお詣り尽くめ。
雪の高野詣はなかなかいいものでした。寒さと静けさでチーンと張り詰めた奥の院。この雪の中、お詣りに来る人も少なく、お詣りに集中できました。
もちろん帰りはいつもの佛具屋へ。頼まれもののお軸。仏様用茶湯器等々。

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December 16, 2005
『佛名会(ぶつみょうえ)』
14日から16日までの三日間、それぞれの日に過去・現在・未来をあて、それぞれの千佛の御名を詠み上げ、また礼拝し、懺悔を行う法要です。またの名を『三千佛礼拝』。
蔵王堂では参拝者にも佛名経が貸し出され、一緒に懺悔していただけます。
ちょっと立ち返ってみると、蔵王堂のご本尊は三体の金剛蔵王大権現。その本当の姿・仏としての姿(本地)は、それぞれ中尊・釈迦如来、右尊・千手観世音菩薩、左尊・弥勒菩薩。この三尊釈迦・観音・弥勒は、過去・現在・未来を救済くださる仏様。となると、三世常住・三世救主の蔵王権現に三世の懺悔を行うこの佛名会は重要な法要であるかと。。
三日間お越しになり過去現在未来の三世にわたって懺悔するもよし、どの日一日でもよし。お越しになれなければこころの中でどうぞ。

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December 08, 2005
今日は師走の八の日。八大龍王さんの縁日で今年最終です。
さてさて、何をさせていただこうかと考えた結果、お不動さんもいらっしゃることもあって壇護摩を修法することにしました。
出張用にと購入したレジャーテーブル。護摩釜用のパエリア鍋等々。
先程無事終わりました。参列者は奥様お一人でしたが気持ちよく修法させて頂きました。
さてさて、今から通常業務再開です。
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December 03, 2005
オン・デイバ・ヤキシャ・バンダ・バンダ・カカカカ・ソワカ
庚申尊(こうしんそん).またの名を青面金剛.
暦で庚申(かのえのさる)の日に身を謹み夜を徹する信仰・習俗である.この庚申の日に人や動物の中に住まう『三尸(さんし)』と呼ばれる虫が動き出し,天上にその人の善悪を報告するためこの日は寝ないで夜を徹する.するとこの三尸が死んでしまうそうな.
よく辻に庚申様の石仏があったりします.そういえば,リンボーやん宅近くにもありましたよね.東京・待乳山聖天さまの入り口にも.昔は庚申講が盛んに行われていたようです.今は根強い信者様のみといったところでしょうか.
昨晩はこの庚申様(八坂庚申堂)にお詣りさせて頂きました.夜を徹するまではいきませんでしたがいいお詣りをさせて頂きました.次回は60日後です.

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November 28, 2005
日曜日は金峯山寺・愛染大祭でした。
この愛染明王は大峯七十五靡の一つ、愛染宿に廃仏毀釈まで存在していた安禅寺にまつられていた仏様です。
昼一時からの法要でした。しかしながら、直前まで快晴であったにもかかわらず急な雨に一度片付けたテントを再び出動させるなど、結構大変でした。
もちろんこの雨は雨男四天王が勢揃いということなのでしょう。わたしは式に出ることは出来ず蔵王堂の堂内でお話係に徹しておりました。
今回は真澄くんと兄のところの弟子・晃靖くんのお手伝いを頂きました。何かと助かりました。ありがと。また一緒に下座行させて頂こうね。
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November 24, 2005
詳しくはかけませんが,とある場所で”お社(やしろ)”を見つけました.
得意先からの帰り,ふと某神社の境内にお社があると何かの本で読んだなぁ〜と思い自転車で立ち寄りました.
境内にはかわいい巫女さんがいましたが聞いてもわからないだろう.ま,場所には目星を付けていたのでそこに行きましたがお社がない.どないしょーと思い自転車の鍵をカチャカチャしてると向こうから歩いてくるのは金峯山青年僧の会会長夫人○○師.実は,ご自宅のほん50mの位置での出来事.
ご挨拶の後,再び調査開始.
すると,にわかにそれらしき祠がぽろぽろ.
廃仏毀釈で固められたのだろうとわかるその雑多さ.
弁財天,荼吉尼天(お稲荷).....そして,最後にお目当てのお方.
『はらいたまえっ,,,,きよめたまえっ,,,,』ばかり聞いてるでしょうから,たまにはお経をと放課後の中学生カップルが境内でいちゃつく横で唱えて帰ってきました.
帰りにはもちろん我が家に母の代からいらっしゃるその神にとお供え物を購入.
その帰り道.
空は変な曇り方.
急な通り雨に遭いました.
やっぱ,雨男なのか~yo.
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November 21, 2005

20日までということで,『最澄と天台宗の国宝展』に行ってきました.
天台大師・伝教大師・慈覚大師のお像,無動寺の五大明王,リアル大黒,仏舎利塔.陳列の前ではおぉ~のため息の連続.目の下のくまをものともせず,朝から行ってよかったです.
こちらにたまに登場されるパンチ和尚のお寺・雙林寺さんの薬師如来さんもいらっしゃいました.
滋賀の善水寺(西国薬師霊場の一つ)の薬師如来も展示されておりました.2000年だったでしょうか.昼間で難波で結婚式の雅楽を吹いた後に,秘仏公開ということでそのまま善水寺までお薬師さんにあいに飛んでいったことを思い出しました.50年に一度のご開帳と言うことだったのに....ちょっとうれしく,なんとも複雑な心境でした.
久々の紅葉時期の京都散策と言うこともあり,南禅寺塔頭・聴松院・摩利支天堂にお詣りしてきました.ここは南禅寺駐車場の門を左に行き,敷地にそって右に曲がるとあります.本尊様は見えませんが,写真の猪さんがお迎えくださいます.なにせお隣のお食事どころが忙しいみたいであまり拝まれている気配がありませんでした.ちょっと残念かな?
一度どうぞ.
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November 07, 2005
このたび、天台宗開宗一千二百年を記念して慶讃法要が行われた。
金峯山は明治の廃仏毀釈以前,長きにわたり真言系当山派,天台系本山派と関わりが深かったが,明治の廃仏毀釈からの復帰に際し江戸時代天海僧正が金峯山の初代管領になったことにより,一度天台宗に属した歴史がある.その関係から現在我が宗・金峯山修験本宗今は天台宗との関わりが深い.
多くの宗派を生み出した霊地・比叡山での大護摩供とあって楽しみにしていた.
今回は作壇もあり,前日から比叡山に向かった.いつもの通り雨男の濡れ衣?をかけられながら,小雨の中作壇.夕方には完了し,お宿は叡山会館.山上とあってお食事は全て精進料理でした.
翌朝は強い雨の中,根本中堂の朝座勤行に.なんともさっくりした三礼・如来唄を含めた朝座勤行にびっくり.金峯山寺蔵王堂では法螺は鳴るは,太鼓はズンドコいうはと,違いにびっくりする.
午前中の和宗・四天王寺さんの法要はあいにく雨でした。
しっか〜し、行列開始直前には雨はあがりました.
採灯大護摩供は,五條順教管長猊下大導師のもと無事厳修されました.護摩中はいろいろと目を配らせていたこともあり,護摩の火に集中出来ず少し心残りでしたが,裏方としての出仕もこれはこれでよかったかと思いながら大事な一日が終わりました.

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October 03, 2005
八坂の庚申堂に行って参りました.
解体修理終了の落慶法要ということで,知人の紹介で伺いました.
醍醐派の伏見の庚申堂さま,天台宗・雙林寺さま始め天台・真言の宗派を越えた皆さんでの法要でした.
私はというと,大般若転読法要で拙い法螺貝を仏様にお供えさせて頂きました.
八坂の庚申さんとは (八坂さんのHPからの転載です.)
当山は大黒山金剛寺庚申堂と号し、大阪四天王寺庚申堂、東京入谷庚申堂(現存せず)と並び日本三庚申の一つで、御本尊青面金剛は飛鳥時代に中国大陸より渡来した秦河勝により秦氏の守り本尊としておまつりされました。
平安時代、当代随一の験者であった浄蔵貴所が、すべての人々がお参りできるよう、八坂の地に当寺を建立しました。いまから1,000年以上も昔のことです。以後、日本最初の庚申信仰の霊場として信仰を集めてまいりました。現在の本堂は江戸時代・延宝六年(1679年)の再建です。
なんと秦河勝の守り本尊.秦河勝は渡来人で,聖徳太子の頃,雅楽を日本に伝えたと言われてます.映画村で有名な太秦はその秦氏が居住した場所だと.また,開基は浄蔵.大峯で修行をしたお方.
楽を演奏し,さらに山の修行者となると縁があるのかもと感じながら法螺を立てておりました.
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October 02, 2005
京都・知恩院北側にある天台宗・青蓮院門跡において、この度秘仏本尊の熾盛光如来が公開されています。
いつもは青不動明王が裏に安置されている熾盛光堂の正面にこの熾盛光如来はいらっしゃいます。これまたなかなか見られない本尊。今回は別の場を設けて御開帳されております。
群青色の中に光る熾盛光如来。ありがたいお姿でした。
入場券に御守りがついていま〜す。
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September 11, 2005
葛城修験のお寺・犬鳴山
この土日は12年に一度の秘仏本尊ご開帳でありました.
朝早くに出て,車で向かいましたが,着いたときには稚児行列は終わっていて,本堂内では東條管長猊下による護摩供が修法されておりました.
その後,ご本尊近くまで参詣が許され,多くの参拝者が御宝前で手を合わされておりました.
そのご開帳にあわせて,大黒天の灌頂が行われておりました.
商売繁盛で有名な七福神の一人・大黒天.
私も大黒天の受明灌頂を受けさせて頂きました.
ですので,商売繁盛の御祈祷ができちゃうので~す♪
まずはわたしの経済的母胎である我が社㈱○○から祈願します.
ご祈願申し込みはメールで...
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September 08, 2005
土曜日に蜂の巣撤去に行った八大龍王社にお詣りに行ってきました。
仕事は?との声も聴こえてきそうですが、それは置いといて。
十時について勝手に拝んで帰ろうかと思ったのですが、着いた途端奥様が出掛けるというタイミングが何か仕組まれてる感じですよね。
お社前に机を出して洒水器・香炉などをセット。お供え物おっけ〜
さぁ〜て、拝もうかと灯明をつけようとしたがライターが無いっ!
一気にテンションダウン。しか〜し、そんなことも言ってらんないので、神社境内で子供を遊ばせているママさんたちにコンビニを聞く。
コンビニに着くと頭をよぎった。神社に来る道中、もちを供えてあげればよかったと思ったことを。
はぁ〜そいうことね。お持ちの代わりに大福買います。。。
ようやく戻って法螺をぶぉ〜♪とお勤めを小一時間させていただきました。
終わって本殿をお詣りしたところ、先の遊びに来ている子供たちが近寄ってきたので、その場でママさん含めみんなでお下がりをぜ〜んぶいただきました。
近所の人との交流もあり、こどもたちのかわいい感謝のパンパンという手の合わせようも、いいお詣りをさせていただいたと感じて会社に戻ってきました。
さ〜て、今から電子部品を買いに大阪市内を自転車で爆走しま〜す。

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September 05, 2005
金峯山青年僧の会ではご開帳の前年から足かけ三年をかけて役行者霊蹟めぐりをおこなってきました.あいだに蔵王権現さんのご開帳があったため、会ではようやく今回が結願.
ちなみに私のは代参をお願いしなかったので、まだ結願しとりませ〜ん.
最終回は大峯山上・龍泉寺。行って参りました。龍泉寺のお詣りもあるので洞川・久保治で宿泊.早朝四時起きで山上へ出発.前日からの雨はやむことなく、雨具をかぶったままの行き帰りでした.
ただ、下山しはじめると段々雨が小雨に...麓に着くと雨はやんでました.今回も雨男の説は晴れぬままでした.そりゃ~四天王のうちの2人が行ったんやし~♪
下山してお風呂を頂き着替えてから龍泉寺にお詣りしました.するとですよ,忘れていたんです龍泉寺が八大龍王さんをお祀りしたお寺だってことを...ここ一週間で特に強くご縁をいただいた龍王さんですので,いいお詣りをさせて頂くことができました.


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September 03, 2005
八大龍王さまのお社のお掃除に行って参りました。
昨年末、夢に何かに乗ったお方が現れ、我が仏壇に入られました。 その3日後、何気なく雅楽のリハーサルに行った知人の神社にその龍王さんがいらっしゃいました。
前から気になっていたそのお社は、お社に巣を作るハチのため最近拝む人もめっきり少なくなってたので〜す。
太線香に火を付け出入り口に突っ込みハチを弱らせ、出てきたハチを撃退してました。ちょっと弱って来たので昼ご飯をとって戻ると、なんとさっきの倍のハチがむらがっとりました。
ちゃっかりと四カ所も刺されちゃいましたが、ムヒのおかげか今は腫れだけどす。今一右手の力が入りません。やっぱり毒のせいかな?
写真はハチの巣退治の戦利品・蜂蜜なり〜
水飴など入ってない純度100パーセントなり〜
これから毎月お詣りに来てくださいとのこと、みなさまもよろしければご一緒してくださいませ。
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September 01, 2005

明日9月1日から来年8月31日までの間,『吉野山寺宝めぐり』なる札所めぐりが行われます.
吉野山にある寺院をめぐり,普段は拝めない仏像や宝物をこの期間に特別に公開するものです.
各寺院で散華を購入したりするのもいいかも.
詳しくは,こちらのHPで.
http://www.kinpusen.or.jp/jihou-meguri/index.htm
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August 28, 2005
立里荒神は日本三大荒神の一つ。弘法大師・空海が高野山に一大道場を建立するにあたり、高野の地を鎮めるために勧請したのがこの『立里荒神』です。
参詣道を登り始めて左手に小さな階段があります。そこはコンクリートではなくて、土の道ですのでプチ山岳宗教感を味わっていただけるかと思います。
法螺貝を吹きながら上がるにもこちらからがオススメです。
次に奥の院。
お大師さまがご入定されている地。鳴りものは禁です。
塔婆の供養もすませていざ佛具屋さんへ。
いつもながらにお宝がた〜くさん。
今回は阿字観本尊と月輪観本尊を購入。安くしてもらっちったぁ〜
先日落札したお軸の表装もお願いして、よく考えると結構な出費でしたが、満足です。
さぁ〜て。阿字観・月輪観しよ〜っと。
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August 27, 2005
ものすごい急に決まったお遍路。
な〜のに集まったのは兄・私を含め七人。
真秀ちゃんとは志度寺で落ち合い、次に八栗寺。写真は八栗寺の空です。五剣山と呼ばれるくらいですから五つの峰があり、写ってるのは五の峰。上には小さな祠が見えました。因みに、二の峰は我らが蔵王権現さまです。今は道が風化して危ないそうで立ち入り禁止です。
お昼にももさんと合流。お昼はもちろんうどん屋『山田屋』。おいしかった〜
その後は屋島寺の帰りにミステリーゾーンで缶を転がし、引き続き香西寺・根来寺をまわり今回のお遍路をおえました。
晩は真秀ちゃん宅近くの魚料理屋さんでたらふく食べて帰ってきました。
パイナップルフェアのパイナップルスムージーもおいしかった〜ももさんごちそうさまでした。
真秀ちゃん、ももさんお疲れさまどした。また行こうね〜
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August 24, 2005
別のところにも書きましたが,今週末は高野詣りです.
一緒に行こうっかなぁ~って方は,ご連絡ください.
日時:8月28日 朝6時位に大阪・梅田 出発.
行程:大阪・梅田~立里荒神~高野山・奥の院~大阪・梅田(6時くらい)
○水塔婆供養
奥の院で卒塔婆供養をします.
ご希望の方は施主名・戒名(法名)もしくは○○家先祖代々等をメールでお知らせください.
こちらで用意させて頂きます.(一体100円)
ご自分で用意できる場合はこれに当てはまりません.
○参加料等はいりません.
しか~し,ご飯代,おみやげ代等はご用意を.
おやつはた~んと持ってきてくださいな.
んなもんかなぁ~
○一応,参加したいなって方はお会いしたことがある方,
またはweb上であっても交流のある方でお願い致します.
初めてって方はこれから交流を持つか,一度飲みに行ってからってことでお願いします.
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August 21, 2005
ただぶりの山上参りでした。
五番関から登ったのですが、鍋かづきの行者さんあたりからパラパラ降り始め、洞辻茶屋でとうとう雨具を付けました。
あとは皆さんご想像通りの大雨の中の修行。幸い『西の覗き』は小雨になり、行場の方もいらっしゃいましたので新客さんは行じることができました。
雨具を新客さんに貸してあげたため笠一つで雨をしのいできました。今はなんとなく頭が痛いような…とりあえず今から精進落しとして、いつものラーメン屋に寄って元気回復してきま〜す。
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July 25, 2005
昨日,東南院主催の大峯奥駈行から無事帰って参りました.
奈良吉野から熊野まで,約170kmにもおよぶ南北の道・大峯奥駈道を修行するもの.
先週日曜日奈良吉野東南院で集合.駈け入り護摩の後,結団式.
翌朝からお山に入りました.
一日目の朝からお腹の調子がよすぎたために,トイレを我慢しすぎてめまいを起こすと言った恥ずかしい初日でしたが,大峯山上泊,弥山泊と行じて前半行程は無事満行.
南は女性軍と浦向で合流し,浦向で宿泊.
後半初日は笠捨山であり,ちょっとほっとした気分を味わってしまっただけにつらかったです.
上葛川に到着後,すぐに川に飛び込み,体のアカを落とすのと,臭い衣体をジャブジャブ.
次の日は比較的短く,玉置山への道のりを行じて早めの到着.
玉置山は杉木立に囲まれた神の坐ます山でした.
翌朝二時起き,熊野川に向けて出立.
最終日だというのに,体は重く,焦点も合わないというコンディションの悪さ.
恥ずかしながら,フラフラで歩いておりました.
もちろん,足はぶつけるし,こけるし....へなちょこ行者でした...
最後に熊野川での水垢離をして,勤行.
熊野本宮大社まで歩き,お詣りを済ませ奥駈けは終了しました.
そのあと,熊野本宮大社,神倉社,速玉大社,那智大社.青岸渡寺.と巡拝してきました.
はっきり言って,暑かった.
水の摂取は予想以上.
なかなかいいお行だったと思ってます.
いい勉強もさせて頂きました.
さて,来年は...どうしようか...
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May 09, 2005

週末からの法華経不断行に備えて新調しました。今までのは本型でしたので、今回は折れ本型。
週末が楽しみです。
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May 03, 2005

大峯山上・大峯山寺の戸開けが,5月3日早朝行われた.
この式は,役講と呼ばれる大峯山上講が鍵を受け渡しを行い,その後,大峯山寺の扉が開けられ,山上参りに訪れた多くの参拝者は堂内に.
堂内では,役行者様に今年一年の山修行の安全を願った.今年の修行の始まりである.
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April 26, 2005

渋谷から中央線と青梅線を乗り継いで御嶽駅下車。そこからバスに乗り、ケーブルの滝本駅へ。ケーブル山上駅からは徒歩2・30分。御師が営む宿坊群をぬけ、山門をくぐると階段が。ひたすら登るとその山上に。
武蔵野に勧請された金剛蔵王大権現さま。今は廃仏毀釈により主祭神は蔵王大権現さまではなくなっていますが、各御師の宿坊には蔵王大権現さまの像が残っているそうです。
この度のご開帳はやはり蔵王大権現さまなんだということの現れなのでしょう。
脇の間に案内されお祓いを受け、本殿へ。開扉の所作の後、参拝者全員が近くまで行くことを許され、蔵王大権現さまのお姿を拝しました。その姿は銅製。簡素な石鎚や三徳山などと似通った形でした。
御師の一人・駒鳥山荘のご主人・馬場さんのご厚意によりいろいろとお話を聞くことができました。蔵王大権現と金というキーワードが武蔵御嶽にも当てはまるそうです。
5月末までのご開帳。平日は毎朝7時と11時。遅れないようにどうぞ。
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April 25, 2005

浅草・浅草寺をお参りした後、隅田川方面に向かい、道路沿いを歩くと、あります『待乳山聖天』。日本三大聖天の一つだったような。
庚申さんの板碑を見ながら階段を上ると、正面に立派なお堂が出現。
残念ながら、沢山の信者さんが静かにお参りされてましたので、法螺は立てませんでした。(静かにお参拝をの板は見逃さないようにしましょう!)
待乳山の杜の不思議な雰囲気を感じてください。
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April 24, 2005

昨日一日目は江戸五色不動の一つ『目黄不動・最勝寺』に。
目黄不動は今ではいくつかあるそうですが、そのうちの一つ、総武線・平井駅から川に向かって徒歩10分。大きいお寺が4つも固まってますので、どれか迷います。五色の不動を配したのは、徳川家康から三代に渡っての知恵袋・天海僧正であることから、もちろん宗派は天台宗。
入って右側には不動堂、奥には本堂が。ありがたいことに不動堂に入れていただきお勤めさせていただきました。対面したお不動さんは、確かに『目が黄色』どした。
立派な岩座・童子を二人従えて素晴らしいお姿。なんでも、毎年決まって百日間毎日護摩を、計百ヶ座修法するそうな。ほんといいお不動さんでしたよ。
不動堂前にはいろいろな種類の蓮の鉢がありました。蓮の季節・夏前くらいにはきれいに咲いているかと。オススメのお寺です。
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April 05, 2005
巡礼ページにもありますが,ここでもう一度...
平安期,帝がお住まいになっていたところ『幾』の近く,すなわち『近畿』に霊験あらたかなお山を七つ選択し,国家鎮護を祈祷する『阿闇梨』を置いた.
その七高山を以下に示す.
比良山,比叡山,伊吹山,愛宕山,神峯山,葛城山,金峯山
平安期には既に山岳修行の場として機能していた山々.
御開祖・役行者さまの足跡もある霊山も.
このご開帳が終われば,巡ろうかと...
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March 11, 2005


”お水取りが終われば,関西にも春が訪れる”
関西では毎年必ずと言っていいほど,この言葉を耳にする.今年は,お師匠さまのご友人と,出入りの仏具屋さんからのご縁をいただき,なんと二日も二月堂内に入れて頂くという機会を得た.
正式な名称は,東大寺・二月堂 修二会(しゅにえ).2月に修する法会という意味.
いつも堂内ではこんな話をさせて頂いている.
その昔,東大寺の開山である良弁上人は,聖武天皇より『大仏を金で覆うように...』との勅命を受けた.しかしながら,当時の輸入していた金は色が悪く,使用に耐えないものであった.
そこで良弁上人はふと思いつく...『そうだ,金峯山という山がある.そこに行けば金があるはずだと..』
良弁上人は金峯山にお越しになり,蔵王権現さまに祈られたが,蔵王権現さまは『弥勒下生のおりに敷き詰める金にしなければならないため,この金は渡せない』と...
良弁上人は再び祈る.すると..『滋賀の石山に観音を祀れ』との声がする.
良弁上人は滋賀の石山に観音様をお祀りしたところ,石川の方で金山が出たとの伝令が届いたのであった.
お陰で大仏さんはお体を金で覆われたのでった....
石山の観音さんは,今の西国札所の一つである石山寺のことである.
お話しやすいように,だいぶとはしょって書いてありますので,ご容赦くださいませ.
今回の目的は,蔵王権現さん(修験)とお水取り(東大寺・二月堂)との関係を直接感じる事であった.
一昨日のお話を聞いたところ,このお水取りの時だけ修験が使う『最多角(いらたか)念珠』を使うと.また,修法には法螺貝が使われる.二月堂内に響く法螺貝の音.
さらには,練行衆を先導したり,修法の手伝いをする役の僧侶は,白衣に梵天袈裟を着ていた.
修法の一つに,このお水取りの行法をごらんあれと日本六十余州に鎮座する神々を勧請するために,その名を読み上げる『神名帳の奉読』がある.この神名帳のトップバッターは,『金峯大菩薩』.すなわち,我らが本尊・金剛蔵王大権現さまである.
各所に修験の色がちりばめられているこの修二会.ちょっと調べてみる価値有りかと.
活字からだけではなく,この目・この耳で直接体験できたこの機会を与えてくださった方々,
寒い中,破壇.涅槃講.満行下堂と明け方五時までご一緒した先生と可愛い子たちにも感謝です.
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February 14, 2005
京都・東寺の観智院で五大虚空蔵が特別公開しているということで行って参りました.
東寺は正式には教王護国寺.東寺真言宗の総本山.京都駅から見える五重塔がそうです.
羅城門を挟んで,西と東に寺があり,その東のお寺が教王護国寺・東寺なんです...
西寺は東寺と同規模の大きなお寺だったようですが,早くに衰退したようです.
駅から歩いていける距離ですので,JR京都駅から徒歩で.
いつもの通り,金堂・大講堂を巡った後,大師堂他諸堂をお詣りしました.
毘沙門天をお祀りしているお堂には脇士に愛染明王,不動明王が.
中尊の毘沙門天は,羅城門に居られたという兜跋毘沙門天.扉のガラスからしっかりとお姿拝見!
次は,大師堂裏の護摩堂.ココはお姿は拝見できず.護摩壇の設えを見学.参拝.
裏に回って,三面大黒天堂.
正面の大師堂ではお勤めをさせて頂きました.
観智院に向かうまでに,太元帥明王堂,弁天堂に気付きました.
まさか,太元帥明王さんがいらっしゃるとは....タリツタボリツ...
観智院は東寺・教王護国寺の一塔頭寺院.
中には,五大虚空蔵がいらっしゃいました.
五大虚空蔵は,獅子に乗る金剛虚空蔵,象に乗る宝光虚空蔵,馬に乗る法界虚空蔵,孔雀に乗る蓮華虚空蔵,迦楼羅に乗る業用虚空蔵が横並びに.
なんでも,弘法大師が修行された青龍寺に安置してあった仏様ですが,後に大師のお弟子さんが頂いて日本に持ち帰ったそうです.
今回は,弘法大師が伝教大師に送ったとされる手紙『風信帖(ふうしんじょう)』の名前を冠した線香・風信帖を購入.早速諸堂にお供えしながらお詣りさせて頂きました.

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January 16, 2005
今日は氏神さんの厄神祭でした.
役講ではないですが,大峯山上講の一つである○○講の山伏さん達による柴灯大護摩供が厳修されておりました.
父方の祖母の実家がその講の講元をしていたそうで,ぜ~んぜん関係ないところで出会ったり等々,
やはり大きなご縁を感じることが多いのです.
先日も,その中のお一人が蔵王堂に参拝くださいまして,久々の再会を果たしました.
その折に,厄神祭の護摩を見に行くと約束してしまいました.
といっても,家から歩いて2,3分の距離.行って参りました.
法螺先頭で入壇.宝弓,宝剣をされてました.なかなかの迫力.よかったです.
作法は当山派の護摩でした.なんでも竹林院さんで伝授されているとのことでした.
ご本尊は役行者さん,両脇には前鬼,後鬼さんの控えたお厨子があり,更にその外には宮殿が設えてあり,
なかなかのものでした.
以前,亡き母の100日のとき,耳元で目に見えぬ誰かがささやくのです.
『タンスの上の大きい箱.』と...
すぐにその場にいた叔母に,タンスの上に箱がある?と聞くと,叔母は飛んで帰りました.
戻ってきた手には大きく,汚い箱が...
講元をしていた大叔父が亡くなって,3,40年放置してあったらしく,だいぶとほこりがたまっていたようです.
中には,折五條の袈裟,持鈴,そして護摩の次第書が...
その護摩の次第書をあけてビックリ.伝授された日がちょうど50年前のことだったんです.
そんなことを思いながら,お導師さんの作法を眺めてました.
雨の予報はどこえやら.晴れた空の下でのいいお護摩でした.
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January 07, 2005
今日は八坂の庚申堂にお詣りしてきました.

八坂の庚申さんは清水寺から見える五重塔からすぐ.五重塔を下っていくと朱色の門がみえます.
くくり猿が有名で,近くの玄関にはこのくくり猿が吊されております.
本尊の庚申さんとは青面金剛のこと.
お寺のHPから,庚申さんは末法の乱れた世の人々を救おうとお釈迦様と阿弥陀様とお薬師様が相談され,
その結果,青面金剛となって現れたそうな.
青面金剛は人を食う夜叉の姿で現れ,悪人を食らい,善人を食わないと.
開基は,修験者として有名な浄蔵.
聖徳太子が今の太秦に住まわせた渡来人・秦河勝が秦氏の本尊としてお祀りしていたものを浄蔵が八坂の地に移したそうな.なんと由緒ある尊だことでしょう.
秦河勝と言えば,雅楽を日本に伝えたお方.何か縁があるかも...
帰りには,近くのお香の松栄堂に立ち寄り,にほい袋を物色.
なんともかわいい京野菜の形をしたにほい袋を発見しました.
そのあとは,古美術店や古書店をまわりまわり帰ってきました.
そうそう,芝金声堂で魚山声明全集を購入しました.声明を勉強せねば...
今年の目標は,声明を龍笛で吹けるようにすることです.
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December 30, 2004
年の瀬に高野山奥の院と立里荒神へお詣りしてきました。
立里荒神は、弘法大師空海が高野山に真言密教の根本道場をひらく際、高野山の東南の位置に三宝荒神を勧請したことにはじまります。
宝塚の清荒神・清澄寺、奈良の笠山荒神(笠荒神)とともに日本三大荒神と呼ばれ、かまど・台所を守護する神とされ、信仰があつめている。
我が家では年末に新しい神札を頂き、コンロ上のと張り替えます。京都近辺の愛宕山の火用要慎の札と同じように。。
昨日からの雪は高野山にも降り積もり、立里荒神では20数センチの積雪。
そんな中、今年一年のお礼をのべてきました。
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