« ショックな出来事 | Main | 一日 »

September 01, 2006

行基開基・南濱墓所

月参りを終え,仕事の話を少々.
梅田によってJRの手続きをし,帰ってきました.
帰りに通った道から5メートルくらい入ったところに『行基菩薩開基南濱墓所』なるところがあったので,立ち寄って勤行してきました.

先日地蔵盆めぐりで立ち寄った天六駅近くの地蔵尊も似たような行基開基の地蔵だったような....
この南濱の道引地蔵横の露地を入ると墓所があり,外から見た限りでもかなり荒廃しておりました.
地蔵さんは日頃から管理されている方がいるようできれいにお祀りされている要でした.
ちょうどJR線路沿いですので,新大阪駅から大阪駅に向かって淀川を越えて4車線道路を過ぎると右側に源光寺.左側の森がこの南濱墓所です.梅田からは飛天・阪急インターナショナル前の道を天六方面に.新御堂とJR線をくぐってすぐです.
この他,飛田などにも行基が荼毘所を構えたそうで,これが日本での火葬の始まりであるとか...


以下はHPからの引用
***********************************
●南浜墓地地蔵尊の由来
南浜墓地は行基菩薩(約千三百年前)によって整地され我が国最初の墓所であって天平十九年七月弥陀如来六観音六地蔵尊を安置し荼毘開闢の供養が行われた。
その後世相の変遷により次第に荒退し大正十四年豊崎町より大阪市に移管された。
天満の住人・秋田羅以(らい)は日頃嫡子を望み神佛に祈願してゐた処ある日一人の行者が訪れ「南浜墓地の南浜地蔵尊を信仰せよ必ず願は叶へらる」と言って立ち去った。早速地蔵尊を祈願をかけたところ霊験あらたか明治二十四年一月九日男子(栄之助)が授けられた。その御恩報謝として同年九月に現存の地蔵尊石佛並御堂が建立され今日に至った。
昭和六十年一月二十日
道引き地蔵講世話人

 やけに詳細だが、行基からいきなり近代にジャンプしてしまう。その間の様子を調べるにはどうしたらよいか。墓所の周辺だけを見ているとわからないのだが、東海道線の高架を西にくぐると源光寺という寺があり、かつてはこの寺と南濱墓所は深い関係にあったようだ。攝津名所圖會には、
清浄瑠璃山三昧院源光寺
南濱村にあり。浄土宗。無本寺。
(中略)
寺記に云ふ、
夫當寺は古刹にして、聖武帝天平勝寶年中、大僧正行基三昧火坑を始むるの古蹟なり。今濱の墓所と云ふ。其側に精舎を草創し、土木石の三佛を造りて茲に安置せられ。其後大原良忍上人中興して、融通大念佛宗を弘通し、一派の本寺となしぬ。
(中略)
難波北の方の靈場にして、鐘聲白雲に和す。中華の鶴鳴寺にも比せんや。
(略)
とある。行基云々、三昧火坑云々の伝承が、墓所そのものに付いていたのか、この寺の縁起に由来するものなのかは、これではよくわからない。それより古い攝陽群談では
濱墓所
同郡濱村源光寺の東にあり、行基菩薩開基の墓所、自ら地蔵尊の石像を彫刻して、所築之舊墓也。
と、墓所と行基との関係を明示している。
***********************************

さてさて,明日は何をしようか...
知り合いの神社でもお詣りしにいこっかなぁ~

|

« ショックな出来事 | Main | 一日 »

「お詣り」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71834/11715709

Listed below are links to weblogs that reference 行基開基・南濱墓所:

« ショックな出来事 | Main | 一日 »