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May 13, 2006

ウェルカムのこころ

ウェルカムのこころ

朝からテレビを見ていると、とあるお寺の模様がオンエア。以前その寺にお詣りしたときのことを思い出した。。。

参拝者に嫌々対応して返事もなく、追い出すように門を閉める。他、細かいことは書けないが、そのお寺で感じたのは、『ウェルカムのこころはどこに?』と。
お詣り好きですので、いろいろなお寺をお詣りしてます。わざわざではないが参拝者への対応が目に入ってくる。

よく言われるのが四国遍路・西国観音の霊場。参拝者が多く目立つということもあろう。とはいえ、悲しいことに『おいおい』といいたくなる寺が少なくない。
観音霊場であるにもかかわらず『終い観音』をしない寺。朱印を嫌々書く札所。
書き出したらきりがないが、『ウェルカムのこころ』があれば少しは解決できるのではと。この『ウェルカムのこころ』により人は集い、活気が生まれ、また人が集う。
お師僧さまは以前におっしゃいました。『寺は仏様のもの。みんなのもの。』と。そう、個人のものではないんですよね。仏様のものであるとともにそこに集う人々のものでもある。

手前味噌ですが、たまに蔵王堂に上がらせていただいていたおり、皆でそんな話をしておりました。

この話、お寺を話の主体にしましたが、自分に向けると我が社&我が家にも言えることだと。

『ウェルカムのこころ』でした。

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Comments

一檀家寺にいるものとして見ますに
なかなかこの心持っている寺は無いような気がします
私の勝手計画の中にこの計画があるんですよね

今後の寺はこの心が無いといけないですよね
門戸開放

さらに自己を磨くと同時に布教活動

当たり前でしょうが今これが無いんですよね

先日の法類会議でも

僧侶の信仰心の無さ

と言う話が出ました

恥ずかしい話
佛青の同輩が自分のことを

サラリーマン

と言ったんですよね

信仰心はどこに、発心は…となりますよね

Posted by: 秋月慈童 | May 16, 2006 at 08:43 PM

よかった.
そういう坊主に導かれてる檀家さん達はしあわせですよ.

>当たり前でしょうが今これが無いんですよね

坊主だけでなく神主にも,そう感じます.
まず根本的なところで,そこに神仏が居ますと考えることがない・居たらこわいやん...という方がおるんよね.
何に向かっておがんでんねん!って言いたくなるよ.

その次に,発心・道心と....

道心より先の段階の話がしたいよなぁ~ほんまに.

Posted by: 真成 | May 17, 2006 at 10:17 AM

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