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July 02, 2005

金峯山

先生のところに書くのは気が引けますので,自分のところをご覧の方だけに金峯山について書いてみます.

吉野大峯の金峯山というところ.山上ヶ岳で役行者さんが感得した金剛蔵王権現を安置したことにより,大峯山上を『山上の蔵王堂,山上本堂』,吉野山を『山下の蔵王堂』と言いました.この山上山下の蔵王堂を含む一帯を一つのお山『金峯山』と称したのです.

いつも聞かれるのは,『ここは何宗ですか?』
そうです,皆さんは何宗なのか決めたがるのです.明治の廃仏毀釈の後,お寺として復興した際,初代管領が天台宗山門(比叡山)の天海僧正であったことにより,一度天台末には入りますが,後に金峯山修験本宗として新たな歴史を歩むのです.

では,廃仏毀釈以前はとなると...
実は金峯山寺は真言宗系である当山派,天台宗系である本山派の両派,そして神仏習合でもあり神主も含めて管理されていたんです.本当両派が形成される以前はもちろん派なんてのはなかったはずです.そこには神仏習合の考えだけがあったはず.それぞれ,天台宗,真言宗の深い教義と相まって,更に修験道が発展し,それぞれ本山派,当山派が形成されていったのです.
金峯山寺は,一度天台宗に入ったとはいえ,もともとから本当両派の本堂ですので,実はいろいろなものが交差しております.例えば,光明真言などは天台系の読み方をせず,真言系の読みです.

先生のところには,当山派をないがしろにしているのか...という書き込みがちょくちょくあります.
何をいってんだぁ~と感じてます.
恐らく,醍醐派の聖宝理源大師が中興の祖であるにも関わらず,今は天台系の梵天袈裟を付けている...どういうつもりなんだ...と捉えられてるように感じます.
時代と共に醍醐派の拠点も吉野・桜本坊から洞川龍泉寺に移ったように,時代の流れによっていろいろな形に変化するもの.廃仏毀釈というこれほどまで甚大な被害を受けた修験道,その流れを受け止めなければならないのではないでしょうか.

昔は本山派・当山派として殺し合いまで起こったという両派.しかしながら,役行者さんの1300年の大遠忌.そして,今回の金峯山寺の修験道大結集に賛同してくださった本当両派の御寺院さまの存在は,あらたなる本当両派のそれぞれの考え方を新たにするものではないかと感じながら,お護摩の火を眺めておりました.

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Comments

真成様 とても勉強になりましたのでTBさせていただきました。ありがとうございます。

私は当山派ですが聖護院の行者さん、本山派の先輩らに囲まれてとてもいい雰囲気で刺激しあっている環境です。聖天信仰で結ばれた不思議なご縁なんです。

Posted by: 絆承 | July 06, 2005 at 04:54 AM

ようこそです.
結構,金峯山の流れをご存じないですので,ちょっと書いてみました.
その特異性自体が金峯山の特色なんでしょう.

当山で,本山で,待乳山さんですか,なんともお忙しいですね.またお越しくださいな.

Posted by: 真成 | July 06, 2005 at 10:30 AM

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